⒉ 処憂餓威(5) 裏切り

「ほら、何をボサっとしていないでさっさとそいつを撥ね除けてしまったらどうなの」


 わざわざ言われなくたってと訴え掛けるように、悠人はこの好機を逃しはしないと己の神眼を開眼すると、白鮫稔しらさめみのるが使う目力:【邪苦肉狂蝕じゃくにくきょうしょく】の能力を吸収。


 そして彼女に向けて発動放出すると、残った一人の取り巻きのみのるは自身が持っている筈のその能力に苦しめられ、痛みのあまり立てなくなってその場から崩れ落ちると、入れ替わるように彼はよろよろとしながらゆっくりと立ち上がった。


「……た、助かった未予。魔夜さんもありがとな」


「私が未来視能力者だったから貴方のピンチに駆け付けることが出来たようなものだけれど、まずはそのことで感謝を述べているより前に『ロール巻き』を正気に戻すことが出来てから、礼はそれから言うべきじゃないかしら?」


 それを言われ、悠人はふいに〈夢見華〉の方へと振り返ると、そこにいた筈の彼女の姿は無く、噛月朱音かみつきあかねのピンチに助けに入った華は、普段の彼女からは想像も出来ない身軽なフットワークで、未予に向かって回し蹴りを繰り出した。


 だが、その攻撃を素直に受ける未予ではない。


 朱音の右腕をおさえ付けていない方の片腕だけで華の足蹴りを受け流すと、即座に悠人に向かって口を開いた。


「さあ早く、どうにかして貴方がロール巻きを止めるのよ」


「止めるったって、どうすれば……………」


 彼の使う目力:【目能蔵放エネルギータンク】は、【邪苦肉狂蝕】を発動した状態にいる為、大元であろう噛月朱音の目力を吸収することは出来ない。


 だからと言って、この場であれこれ考えていても仕方がない。


 悠人は急いで彼女の元へと駆け出し、未予を守るように正面切って立ち塞がると、特に考えも出ないまま華との戦闘が始まった。


「うわっ、お前……本当にあの華ちゃんかよ。あっぶねぇ…………」


 悠人は相変わらずの動体視力と反射神経で華の攻撃をかわしていくも、どうも運動神経の悪かった筈の彼女がこんなにも鋭い打撃や蹴りをかましてくるこの状況に戸惑いを感じるばかりで、彼女の動きを止める方法を考えようにも案の一つも出てこず、翻弄ほんろうされる彼。


 それでも油断だけはしないで、懸命に華の動きを見ながら上手いこと躱していく。


 この場合、気絶させるのが一番だとは思うが、出来れば幼馴染である彼女を傷付けたくないのが彼の本心だった。


(……あごに一発、アッパーの一つでも打ち込んでしまえば、ひとたび脳は揺れ、意識とは別に体が動かなくなり立っていることが出来なくなる。けど、あいつの顔を傷付けるようなこと…………俺には出来ねぇよ)


 だが、この気の迷いが一瞬で状況を最悪にした。


 このままではらちが明かないとばかりに華は行動を変え、彼が戸惑っている隙に彼女は噛月朱音かみつきあかねの方へと駆け出した。


「しまっ…………」


 彼が優柔不断だったばかりに、華は朱音を助けに未予と再び戦闘を交えた。


「何をやっているのよ。馬鹿なの?」


「………ごめん。俺には彼女を止めることなんて無理だ」


「何を言って……………がはっ」


「未予ッ!」


 片腕だけで華の勢いを止められる筈も無く、気付けば未予は彼女の攻撃をもらい、朱音を抑え付けていた手を離してしまい――


「……ちっ、ウチ一人助けるぐらいで手こずってんじゃねぇよ。ちったあ、要領良くやりやがれってんだッ!………だがこれで、ようやっと自由になれたぜ」


 未予の拘束から解放されて自由になった朱音は、なんとも口悪く、死んだ目をした華に向かってそう言っては未予の方へと振り返り――、


「さっきはよくも、手荒な真似してくれやがってよぉ。おめぇもこの女同様、ウチの命令には一切逆らうことの出来ねェ舎弟しゃていとして、何でも言いなりに従う都合の良い人間となッて、二度とウチに手出しの出来ねェよう、この神眼の力で黙らせてやんよ!」


 朱音の視線が未予の目を捉えると、瞬く間に未予の瞳から光が消え、華と同様に声の一つも発さず、生きている人間とは思えない不気味さを放っていた。


「あははは!ウチの持つ力-【首染領眈しゅそりょうたん】の前では誰だろうと太刀打ち出来ねェのさ」


「《首鼠両端しゅそりょうたん》?それって、 優柔不断で決断できずにいることを指すアレか?」


 奴の謎の目力によって未予までもが敵の支配下になってしまったというのに、やさぐれた人格が表に出た魔夜が不思議そうに言葉の意味を分析しようとする。


「先輩相手にタメ口を利くとは、良い度胸してんじゃねェか。おめぇ、名は?」


「裏目魔夜だ」


「魔夜か。気に入ったぜ、おめぇのこと。どうだ?ウチと手を組むってンなら、この力のことについて教えてやらなくも無いぜ。

 てめぇのような生意気にも噛付いてムカって来る態度見せる奴ァ、特別しがらみを嫌うッてのが相場なもンよ。

 親へのしがらみ、過去のしがらみ、精神的しがらみ、人との交流、人間関係のしがらみ、そこらに蔓延るしがらみってやつを全て撥ね除けて自由になりたい、解放されたいッて思想からそんな性格ッてのは形成されるもの。俗に言うグレるってやっちゃあな。

 そんなヤロウほど、他人の手取り足取り言いなりになんか、なりたくもねェ口だ。違うか?」


「……流石は先輩、どうやら人のことを良く分かっていらっしゃるようで…………そうですね。でしたら私の返答は………………」


 そうして魔夜が決めた答えは――、


「このままじゃあが悪いと思っていたところだったし?その誘い、是非とも乗らせて頂きますわ。じゃ、そんな訳だからさよなら、目崎………」


 あろうことかまさかの裏切りという選択であったのだった。


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[あとがき]

本編では特にえがいていなかったのですが、やさぐれた魔夜の人格は、そうでない時の彼女と比べ、目付きが少し鋭くなっているというちょっとした小ネタがあります。

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