⒌ 双眼(5) 巨獣乱戦

[まえがき]

其の昔、乱月初めて目力に目覚むれば、発現せし獣型に形成されき雷の塊動くさま、何処いづこより其の獣、見し何者かの記述よりあやかしの伝承して日の本における雷獣して語られたり。

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「……なんだあれは…………、俺を…………助けた……………?」


 目の前で見たことの無い獣が、自分の死を救ったこの状況に理解出来ずにいた悠人。


「クソっ!誰だ、この男に助力するような輩は。少なくとも、奴と手を組んでいる連中にそのような能力を持った神眼者プレイヤーはいなかった筈だ。

 【ピヤー ドゥ ウイユ】の監視役である冴子さえこさんの情報に間違いなどある筈が………。しかし今はそんなことを考える前に先にこの獣を片付けるのが先決か」


 乱月は裏腰にぶら下げた木筒から一振りの小さき黒刀:【名月】を引き抜いては、赤き顔をした獅子の喉元を切り裂くように勢いよくそれを振り上げる。


 しかし、その獅子-《聖獣バロン》は口を開き、鋭い牙で【名月】の刃をしっかりとホールドし、彼女の攻撃をたやすく防いでみせた。


 そこから聖獣バロンは片腕を上げ、乱月の肉体を爪で引き裂くように反撃する。


 彼女は慌てて【名月】から手を離し、忍者ならではの洗練された軽快な動きで、その一撃を華麗に回避した。


猪口才ちょこざいな」


 乱月は目力:【変幻自雷へんげんじらい】を発動すると、目の前の獅子に匹敵する大きさの虎型雷獣を出現させる。


 二頭の獣は激しくぶつかり合い、周囲の本棚を次々に倒していく。


 館内は物の見事に散乱し、とてもそこに居座ることなど出来かねないような状態であるにも関わらず、本を読んでいた少女が一人存在していた。


「何やら周りが騒がしいな。これでは、ゆっくり本も読めやしないじゃんか」


 そう言って立ち上がったのは、恐竜の顔をしたフードを被った中学生くらいの少女。


 NEMTD-PCを改造したのだろうか。


 袖の部分には半袖・長袖に切り替えられるファスナーが付いており、その袖は彼女の腕に合っておらず、本来そこは半袖にあたる筈のファスナー口が中途半端に開かれ、そこから手を出しているといった――、着る人のセンスが疑われる、茶玉模様の魔訶不思議な服装パーカー


 腕に合わずぶらーんと垂れ下がった長袖の袖口は、恐竜のかぎ爪を模したような尖ったデザインをしており、服の裏には可愛らしい小さな尻尾しっぽが縫い付けられていた。


 下はシンプルにスカートを履いていて、ちょっとしたコスプレ少女みたいな格好とも言える。


 フードの奥から僅かに覗かせる深紅の髪には大きく顎を開いた牙の鋭い肉食恐竜の横顔を模したヘアピンが付いており、薄紫色の彼女の瞳が騒ぎ立てる乱月らの方へと視線を捉える。


 その瞳は一瞬のまばたきによってギラギラと光り輝く黄金色へと色を変え、彼女は手に持っていた恐竜図鑑をまるで肉食恐竜の歯のようなタケノコ型の形をした瞳孔で目にすると、彼女は何かを呼び出すかの如く、言葉を発した。


「出て来て、私の家族ファミリー:テリー!」


 すると、本の中に描かれた恐竜のイラストと同じものが立体となって具現化され、その恐竜-ジノサウルスは荒々しく雄叫びを上げる。


「グオオオオオオオオオオオオオ―――――ッ!」


 聖獣バロンと虎型雷獣の間を割って、飛び掛かるテリジノサウルス。


 館内は更に激しさを増し、すっかり標的から外れてしまった悠人は、これを機にこの場から逃げ出そうとするのだが………


のがすか!」


 乱月は崩れた本棚の上を飛び回りながら、距離を詰めていく。


 そうして彼の前に回り込んで見せた乱月は、ポケットから何か白い細片を投げ付けた。


「うぇっ!何を投げやがったんだ、くそッ!目が……目が………いってぇええぇぇぇ」


 その正体は彼が少し前にトイレのゴミ箱に捨てた筈の卵、その殻の破片だった。


 実際に忍者は敵の目潰しに卵の殻を武器の一種として使用していたこともあるらしく――


 本来ならそこに《鉄くず》・《塩》・《唐辛子》の粉などを殻の中に入れ、視覚だけでなく相手の鼻と呼吸器官にも刺激を与える飛び武器として使われたそうだが、実際問題この殻だけでも十分な攻撃力があった。


 いくら神眼と言えど、視界の回復には少しの時間が掛かる。


 目の前には乱月。


 その上、視界は不良。


 明らかに乱月が優位に立ったように見えたが、彼女は一つミスを犯していた。


 本棚の上を飛び回っていた為か、彼女は今、ある本の上に足を乗っけてしまっていたのだ。


「あの女、まだ私が見ていなかったに乗っかりやがって。……………許せない……」


 恐竜顔のフードを被った少女が持っていた図鑑の一ページが光り出す。


「あいつを懲らしめろ、私の家族ファミリー:プティ!」


 本の中より現れる一頭の翼竜。


 その翼竜-ラノドンは大きく口を開け、乱月の身体を咥えると、そのまま窓を突き破り、外へと飛び出した。


 視界が回復した悠人。


 ガシャンと大きな音と共に奴の姿が消え、あれあれと周囲を見回し始める。


 すると、例の恐竜パーカーを着た少女の姿を確認した。


 発光する黄金色の瞳を目にした瞬間には、それが神眼であることを理解した悠人。


 するとあの爪の長い恐竜は彼女が能力で呼び出したものなのか?


 丁度、テリジノサウルスはその長い爪で雷の塊を真っ二つに切り裂き、虎型雷獣を消滅させたところだった。


 聖獣バロンが飛び掛かる。


 長い牙でテリジノサウルスを嚙み殺そうとするが、リーチの差で聖獣バロンは爪で串刺しにされ、これもまた消滅した。


 標的を無くし、本の中へと吸い込まれるようにして消滅したテリジノサウルス。


「…………すげぇ……」


 悠人がポツリと一言だけ口を開くと、恐竜パーカーの少女は机を足場に彼の元へと近付くと…………


「そうだろう!そうだろう!あんな生物が太古の昔、この星で生きていたって思うと、ロマンがあるよな。なっ!」


「えっ!あっ……ああ……………」


 何やら意気揚々と話し掛けてきた恐竜パーカーの少女。


 その勢いで彼女は話を続けてくる。


「じゃあさ、おたくの好きな恐竜って何?」


 急な質問だったが、小さい頃、一度は見ていたりなんかしていた恐竜の本。


 彼はその頃の記憶を思い出しながら、とある恐竜の名を口にした。


「そうだな………オヴィラプトルとか」


「なんで!なんで!」


「その……あれだ、『卵泥棒』なんて言われているけど、実際にはその手に持っていた卵の中身ってのが、オヴィラプトル類の胎児だったなんて言われているだろう。

 その為、卵を盗んでいたのでは無く、鳥のように抱卵していたんじゃないのか、なんて言われてて………。

 なんつーか本当は泥棒なんかじゃ無いのに、そんな汚名を着せられてしまったところが、つくづく不幸な人生を送っている俺と何か似ている部分があるように思えてしまって、ちょっとばかり親近感が湧くと言うかなんというか…………」


「ふむふむ、成る程ねぇ〜。おたくが不幸だってことは正直興味無いけど、オヴィラプトルが本当は『卵泥棒』じゃなかったってことを知っているなんて、中々話が出来る奴じゃん」


「何と言うか、それは俺の叔父の影響だな。叔父は生前、獣医の仕事をしていたこともあり、仕事柄か叔父の家に遊び行った時には動物解剖学の本やら骨格標本だったり、様々な動物知識に関する話をよく聞いたり見たりしたものさ」


「へぇ、良いおじいちゃんだったんだね」


「……まぁな」


 そうしてこの話は自然消滅すると、彼は思い出すかのように………


「あーそういや、あの雷を操る神眼者はどうしたんだ?」


「そうだねぇ。今頃は空の散歩を楽しんでいるところじゃないかな」


 ………乱月は空を飛んでいた。


 いや、巨大な飛行生物の口に捕らえられていると言った方が正しいだろう。


 だからと言ってこんな状況だろうとこの乱月、なんら問題ではなかった。


 目線を自分の身体の方へと向けると目先からビリッと火花がほとばしり、中に着た楔帷子くさびかたびらを伝って全身に雷を纏わせ、彼女を咥えていたプテラノドンに感電、その後は気絶し、翼竜は口をあんぐりと開けて降下する。


 巨大な口と言う拘束から解かれた乱月。


 自由になった彼女は、自身の能力を使って雷鳥を創造。


 大きなワシのようなその鳥が両足を使って乱月の両肩をガシッと掴み、大きな翼でバサバサと羽ばたかせ、ゆっくりと降下した。


 変幻自在に神眼から発せられる雷を形作ることの出来る彼女の能力に掛かれば、古代の竜など敵ではないのだ。


 そのプテラノドンだが、落下中にそれは煙のように消えていった。


 どうやらその異変を能力者は察知することが出来るようで、恐竜パーカーの少女はピクリと眉をひそめる。


「奴め、早々に空の散歩を終わらせてきたな。この場所に戻って来るのも時間の問題だ。能力的にも厄介そうだし、ここは逃げるか」


 プテラノドンの突進によって破れた窓に向かって本を掲げ、彼女はとなえる。


「さぁ出て来て、私の家族ファミリー:ケルコ!」


 割れた窓を越えた先――、外側から顔を出す巨大な翼竜-ツァアトルスは大きな図体をジタバタと、不恰好なバランスの悪い体勢で翼をはためかせながら、懸命に飛行する姿を見せる。


 恐竜パーカーの少女は足を使って窓枠に残ったガラスの破片を綺麗に退かすと、その窓枠に手を掛け――、足を掛け――、身を乗り出してケツァルコアトルスの背に乗った。


「ほら、おたくも乗りなよ」


「良いのか?」


なんで追い掛けられてたのか知らないけれど、おたくからすればあんなのを相手にしていられる程、お暇じゃないっしょ。なぁに、乗り手が一人増えるぐらい問題ねぇさ」


「ありがとう、そいつは助かる」


 感謝を述べると、彼もまたケツァルコアトルスの背に乗った。


「そんじゃ、適当に遠くまで走らせますか。ケルコ、飛び立て!」


「クァァアアアアアアアァァァァ―――――ッ!」


 ケツァルコアトルスは返事をするかの如く、喉を鳴らし飛翔したのだった。

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