⒋ 姉弟(2) 天眼

 斬月は死んだ……そう、死んだ筈なのだ。


 それなのに………


 気付けば、彼女は目を開けていた。


 何故なぜ、意識があるのか?


 不思議そうに、斬月は周囲に目を走らせながら口をゆっくりと開き出す。


「……ここはこは………極楽…………?……しかし然れど人死してなお目覚める起くる事有るなど…………あるに見し絵巻、に絵空事思ひけれど違ふや?」


 何が何だか……どうやら自分の死の記憶が斬月の意識として残っているようであり、自分が今存在するこの真っ白い空間をこの時代の浄土信仰の教えに聞く《極楽》という存在――、つまりは【天国死後の世界】的認識をする彼女。


 だがこの場所に関する現実情報を一切持ち合わせていない彼女は一人困惑していると、突然目の前にっすらと現れ出た謎の人影。


 斬月は目をこすり、良く目を凝らして見ると、そこには奇妙な服をまとった一人の純白の少女の姿があった。


 否――、パッと見では纏ったように見えたと言ったところだろうか。


 これまた良く見れば、衣服と身体が同化しているかのようにそれら二つを遮る一切の分かれ目が存在しないように見える。


 今とは雰囲気が異なり、その当時は右目を覆いかぶさるほどにかたよって伸びた前髪をしていた彼女。


 更には髪型も今とは違い、ポニーテールヘアーではなく、右側にのみ束ねられたワンサイドアップな髪型をしていた。


 すぐに視界からはっきりと少女の姿がとらえられると、その少女-ヘアムは斬月が目を擦るのをやめたタイミングで口を開き始めた。


「……A…………………𓄿……っん…………あ……あ―ああ――ッ、若し子等こら尊霊そんりゃうよ、此方こなた申してゐることが申せること伝わっておゐでか伝はりていでか?」


 斬月の格好を見て、日本人だと思ったヘアムは、彼女に合わせて言語の調整確認をした。


「………知らぬ顔、余所げに何者か誰そ?」


 ここで何を言っているのかとたずねてこないところを見るに、どうやら言語が通じている様子。


 問題ないと判断したヘアムは、初対面の斬月にその名を告げる。


「……良きに口上伝はりて其れ嬉し……こは、失敬。わたくし、名をヘアムと申す」


「……へ……あ……む…………?」


「左様に、極楽昇らう亡者の導き手しるべありける、なり」


「…………………様………………」


 言葉のニュアンス違えど神なる答えに変わりない、奴の正体に関するその答えを聞くや否や斬月は、わなわなと唇を震わせ……


「よ、よもやほとけ様……部安武へあむ観音様であらせられるは……と、とんだ無礼むらいな。

 ……な、なんと不躾ぶしつけな口上述べてしまった述べにけること、つつしんでお詫び申し上げ候ふ」


 これまたかしこまった言い方をするのだった。


「……ほとけ………嗚呼あゝ其方そちの居し国伝ふ神仏習合なる教ゑとか言ふとかや………それから而して……不躾な口上…………?

 ひょっとして将や、さきの物言を申せりや?」


「其の通りで候ふ」


その程度然ばかりの事、気にされる案ぜらるゝ事無し。 ゐつものくだんのようにやうになさるが良ゐ給ふべし


「さ、そのようなこと然る事恐れ多ゐ畏き………」


「なに、我が案じたらずと申せるなり。何も恐るゝことあらず」


「そこまで仰らば…………」


 そう言って斬月が折れ、素直に堅苦しい言葉を止めることとした。


「……時に、他の亡者の存在見当たらねど…………」


 斬月は気になる謎を口にする。


 ヘアムは答えた。


「祖の神より生まれき二十三座生類しゃうるゐ神が統治するをさむ此処ここ極楽でそれぞれてんでに亡者の還り道かへさ導くがわたくし神々の使命にさうらふ。

手の空きし者より一様に一対一して亡者への道しるべしるべなりて、其方そちが極楽へと来られしほどと我が手の空きし瞬間露の間の適ひしわたくしテリトリーお膝元足を踏み入れた足踏み入れき。其れゆゑ他の者のさまのあらぬなり」


そうで有らせられましたか有らせられきや

 何故なにゆゑ私と観音様のみばかりがこの此れ場に立ちてでなりや、その深意なぞめけるゆですが然れど………」


 斬月は次の謎をヘアムをぶつけた。


「……亡者のち運命めいを導く言うのは言ふさればどうゐうゐかなることにございますか候ふや?」


このまま斯くて死して残留す魂の命の灯火消えぬ限り自身としてのにて、形有姿-【霊体】消ゆ只待つや、将又成功するせぬは危険の承知にさる蘇生法を受くや。

 運命めいや全ての亡者に其の選択権与へられたり」


「……でしたらせば決まっています定まれり


 その通り、返事なら最初から決まっておる。


 ずばり、其方が選択するのは…………


このまま斯くて、己の死受け入れましょう入れむ


「……何故なにゆゑ、そを選びしや聞きぬとも?」


 ヘアムは予想外の返答を聞かされ、驚き以上に何故なぜその答えを出したのか、その理由が知りたかった。


 これまで担当してきた死者の中に、彼女と同じ答えを出した者が一人としていなかったからである。


 どんなに善人ぶった人だろうと、自分の魂が失くなると聞けば、怖がったものだ。


 彼女の考えが知りたい。


 斬月は答えた。


「……生くる意味無いからです無ければなり

 此処ここ来たる前、私が身勝手我が儘になりてやむごとなき人亡くしに、怒りと悲しみ所狭く心許なし………

 其の、意味も無く殺戮わざ走りに一頻り、暴れ回ししところを背後うしろより残党に襲はれ、わたくしそこで然てもろともに……………」


「其れすなわち、其方そちいくさにてやむごとなき人失ひ、生くる心無くせらむや。

将又はたまた自ら手づから搔き起こせしおこなひのやむごとなき人亡くしにけるゆと、さることしてける己に生くる意味無しと申せりや。其の答えゐらへどちらでゐづかたに?」


「二つ合わせ、我が答えゐらへに候ふ」


ゐやはやゐでやそうでござゐますか候ふや

 ……時に其のやむごとなき人とやら、其方そち身勝手我が儘なることせるばかりに亡くなられたかくれられきと申したれど、其の物語詳しく聞かせもらえなゐだろうかもらふべしまじや?」


 斬月はコクリとうなずき、少し前にあった出来事をヘアムに話し始めた。


「忍としてにて生まれ育てられたかしづかれし我。

 とあるさる暗殺のにんを里の忍数名と大切なやむごとなき人-我がおとうと相におこなひ、同族かたへに一番の実力者なりしおとうとに姉なる我が遅れを取る訳にいかぬと焦りぬれどに。

 (暗殺)対象始末することに成功せるものの、そこで然て油断おこたりして、その者に仕へたりし一人奇襲しこしところを、おとうとわたくしめなどを庇ひて………」


 斬月がそこまで言うと、ヘアムは分かったように口を開いた。


つまり即ち、焦りて自らの手に暗殺成し遂げよう遂げむしたことせるが全ての原因だとゆゑと………。

 ならば然らば尚の事、自らのゐのち犠牲に其方そちのこと守りしおとうとの分まで生きこそ、命張りし者対するあふ恩義と思わなゐだろうか思ふまじや?」


「―――ッ!」


 この瞬間、斬月の中で何かが変わった。


嗚呼あゝ、観音様の言ふ通りでありませんかならずや

 このまま斯くて一人我が儘に消え構はずと思ひにける自分如何いかに愚かなり。

 おとうとが私めなどの己が命犠牲にしまで守ろう守らむするせる其の思ひ応ふる事こそ我が務め………。

 私めなどの勝手な選択でほしきままにもう二度と後悔したくなゐすまじ…………)


「……わ…………いき…………」


「何か申したか申せりや?」


 斬月が何かを発したようだが、小さすぎて聞き取れなかったヘアム。


「……我………生きたい生きたし……!」


「其れまことの返答ゐらへに候ふや?」


 コクリと静かにうなずいた斬月。


「其の意気やよしに然る覚悟持ちて其方そちにはある眼球まなこ移し植ゑ給へばや」


 何か意味有りげにヘアムはそう言って、フッと手元に二つの眼球、それも普通のものとは異なり半透明状の眼球をどこからともなく出現させた。


「其の……眼球まなこなんぞ………?」


「そは凝縮されき生くむすひの塊して肉体より離れし【霊体】いつが肉体を結ぶもの玉の緒よ死んだ死にしまなこからより其の眼球まなこ取り込むして、肉体にて器に魂再び憑きし生命いのち魂合たまあ後生ごしゃう永劫の結び目なり。

 これなる名を『神眼天眼』と称す」


「『天眼てんめい』………即ち其の眼球まなこに衆生蘇生の要素そのまま然ながら備はれると…………」


「左様なり。ですが然れど此の天眼まなこ、其方の穴開く眼窩収めば最期閉ぢめ想像思ひ遣りつかぬ痛き襲はれ、其の苦しき耐ふれ頂けずは蘇ること無かれ。

 勝負や一度きり、腹括るお覚悟あるや否や有りも敢へず、始めさせ給ふ」


 一度きりと言われ、霊体にある筈のない心臓がドクンッと激しく動悸するのと似たような感覚があると錯覚してしまうくらいに、妙な緊張感が彼女を襲った。


 果たして、自分に耐え抜くだけの強さがあるのだろうか?


 私めなど……私めなど……私めなど……私めなど……私めなど……私めなど……


 斬月の心の中が負のオーラ一色いっしょくに染まりつつあったその瞬間、何処どこからともなく人の声が聞こえてきた。


『無用ならぬや、姉者。相変はらず、其ればかり言へれば。

 もっとなほ自分おのれ自信覚え持ちて。〈鉄は熱いうちにきほどに打て〉なり』


 きっとこれも錯覚だ。


 精神が不安定の状態だったのだ。


 斬月が描く乱月の幻想の声が、幻聴が聞こえてきても、なんら不思議じゃない。


 だが錯覚であろうとなかろうと、その言葉が彼女を落ち着かせ、そして救った。


「……かたじけなし………」


 斬月は小声でその声に感謝を告げると、彼女は真に決意を決めたのだった。


わたくし、斬月。覚悟すべかりたり。いつでも時じくに始めたまへ」


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[あとがき]

ちなみに色々と話題になる地球温暖化ですが、実は約1000年前、およそ平安の時代も現代と同じように温暖化していたと言われております。


それも現代より温暖化であったとも聞きますし、恐ろしいですね。


それと神眼で決まる前に候補としてあった名称をまさかこういった形で出すとは思わなんだ。

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