⒊ 武視(4) 秘密の研究室

 軽バンを走らせ出て行く様子を屋敷の窓から見届けるブシュラ。


「さてと栞奈かんなは帰ったことだし、早速準備に取り掛かるとしようか」


 ブシュラは発射され地面に転がったさやを手に取り、むき出しの刀身を仕舞うと、テーブルに置かれたもう一振りの短刀も手に地下の開発室へと足を運んだ。


 作業台とも言える鉄製のテーブルの上に二振りの短刀を置いた。


「栞奈には悪いが、この刀をちとイジらせてもらうぞ」


 するとこの前に使用した電動ドリルを引っ張り出すや否や、柄の先の部分に穴を開け始めた。


 サンドペーパーで研磨けんましたのち、白衣のポケットから二つのマグネットボールを取り出す。


 その正体はネオジム磁石。


 《永久に減磁しない》で【永久磁石】とも言われているそれは、外部から磁場や電流の供給を受けず安定した磁場を発生し、それを長期に渡って保持し続ける強力な磁石と評されている。


 刀身との間に磁力が働かないよう、鞘に収められた状態で穴を開けた部分にそれをめ込む。


 そうして二振りの短刀の柄の先に磁石が嵌め込まれると、今度はその磁石より少し高い位置に貫通穴を開け始めた。


 こちらも同様に研磨すると、後は前と同じである。


 その穴にあらかじめ買い増やしていたバンジーコードを通し、二振りの短刀を繋げる。


「取りえず武器は完成したが……さて、あいつの帰りはいつになるんだろうな」


 ……それは、栞奈が布都部島ふつべじまにやって来る前のこと――。


 あの事故で親に見捨てられ、行き場を無くした女の子-『黒乃雌刹直くろのめせつな』は、金持ちのブシュラのおかげで今も学生生活を送らせてもらっていた。


 それは喜ばしいことだが、小学生をまかなうには必要な道具費や給食費さえ払っていれば、全てが良いという訳ではない。


 学校たるもの、一種の教育の一環いっかんとして何かと行事がもよおされる。


 実はそのことで使いのメイドに話を聞かされていた。


「本日は刹直セツナ様が通っている小学校で授業参観があります。刹直セツナ様は小学生、それも低学年ゆえ、同級生の親御さんは全員ご参加することでしょう。

 ですので私かリンジー、将又はたまたお嬢様の内の誰か一人は参加された方が……その、世間の目というのもありますゆえ」


「私もいち教師だ。世間の目というのは分かるが、そもそも学校というのは――、

 まず一つに【正しい文章力を身に付けるため】

 二つ、【気持ちを他人に伝えられる力を身に付けるため】

 三つ、【頭の使い方を学ぶ】ことにあると私は考えている。

 それを授業参観という形で親にその成果を見せる訳だが、正直に言って刹直セツナは年の割にしっかりしていると私は思っている。

 まずは刹直セツナ本人が私たちの内、誰かが来てくれるのを望んでいるのか、その上で決めてからで良いのではないか?」


 そう言って、チラッと刹直セツナの方へと視線を向けるブシュラ。


 どう見ても刹直セツナは授業参観に来て欲しいと言っているかのごとく、目をキラキラと輝かせていた。


「……なるほど、分かった。仮に保護者が来なかったのが刹直セツナだけだったら、後日クラスの間でしょうもないイジメが………いや、あれだけのことをやってのけた女の子をイジメられる程の強者つわものが同級生にいるとは思えんが、まぁ良い。ここは公平に“じゃんけん”で決めるとしよう」


 輪になって対立する三人の美女。


 掛け声をとったのはブシュラだ。


Unアン Deuxデュー Troisトロァ Pilerreピエール Ciseauxフォイユ Feuilleシゾー!」


 フランスでもじゃんけんは浸透しんとうしており、〈pierreピエール〉はグー、〈ciseauxフォイユ〉はチョキ、〈feuilleシゾー〉はパーを表す。


 勝負はすぐに片が付いた。


 キツネ耳のメイドはグーを、イヌ耳のメイドとブシュラはパーを出した。


「では頼んだぞ、ジョジョ」


「承知しました。では刹直セツナ様、学校へ参りましょう」


 じゃんけんに負けたキツネ耳のメイド:『ジョジョ・ユ=ルナール』は素直に従い、刹直セツナと一緒に学校へと向かったのだった。


「……考えていても仕方ない。その間に開発途中の《義眼》の進展を求め、研究の続きといこうか」


 そう言って出来上がった武器をテーブルの上に放置して、開発室の奥にある一枚の扉の前へと足を進めたブシュラ。


 いかにも強固そうな金庫扉のごとく、その扉は厚く閉ざされていた。


 扉の横にあるパネルに手の平を押し付けること数秒。


 ブシュラの指紋を認識し、分厚い扉はゆっくりと開き出す。


 中に入るなり、その扉は自動的に閉じ始めた。


 部屋の明かりを付けると、まず目に付くのがズラリと並んだ数多くのスチールラック。


 そのラックに乗せてあったものは、等間隔に並んで置かれた小型のガラス円筒だった。


 ホルマリン漬けされた数々の動物の〈眼球〉が中に保管されており、その中には協力者に余分な回収を任せ、ヘアムに【報告】をしていない神眼しんがんも存在していた。


 その内の一つ、神眼が保管されたガラス円筒を手に取ると、彼女は多くの視線を浴びながら、一直線に奥へと進んだ。


 彼女が行き着いた先に広がっていたものは、壁に張られた謎の設計図の数々、それと怪しげな機械類や本格的な顕微鏡が置かれた作業台、隣には研究器具を洗うためのちょっとした水回りやそのような器具が仕舞しまわれた棚々たなだなが置かれた空間であった。


 作業台の前に置かれたメッシュ製のリクライニングチェアに腰掛けると、ひとまず持っていたガラス円筒をテーブルの上に置き、近くの棚からは注射器とピンセット、それと小さめのガラス板にスランドグラス、カバーガラスを取り出した。


 一応消毒はしているが一度それらを全て水洗いした後、円筒のふたを開け、ピンセットで中の眼球を丁寧ていねいに取り出す。


 取り出した眼球をガラス板の上に置き、注射器のプランジャ(可動式の押子)を押し込んでから注射針を眼球に突き刺した。


 プランジャからゆっくりと親指を離し、神眼の中の成分(おも硝子体しょうしたい)がシリンジと呼ばれる円筒形の筒の中へと入っていく。


 スライドガラスの上に抽出した成分を一滴垂らし、カバーガラスをその上にかぶせる。


 これをステージ台、それも自動ステージと呼ばれた電動動作で位置決め出来る台の上に乗せ、接眼レンズをのぞき込んだ。


 自動ステージの下から照らす光源こうげんや対物レンズの倍率を調節しながら、細かく観察していく。


「……いつ見ても、この複雑性には心おどらされてしまう。一体、この小さな眼球にどれだけの情報量があると言うのだろうか。

 どの組織も地球上に存在しないものばかりで、今のレベルの科学力ではそれらの詳細な解析はまず不可能だろうな。こいつは持ち主の元から離れてから一ヶ月近くは経つものだが、相変わらず細胞の活性が続いている。

……やはりどの細胞も分からないものばかりだが…………この細胞の作り……こいつは幹細胞に非常に近いな。こいつは……凄いぞ。驚異の速さで分裂を繰り返し、細胞が必死に生きようとしているとでも言うのか?面白い……面白いぞ…………。

 これらの解析が難題であればあるほど、こいつの持つ異界な力の正体を解明したいという、私の中のおさえきれない探究心が燃えると言うもの。

 少なくとも、これらが不老の効力と生命エネルギーを生み出す働きを持っているのは明白だが、その組織を如何様いかようにして生み出せるのか。

 これまでの知識を頼りに少しでもそれに近いものが出来れば……そうだな、これまでの研究データと比較もしながら、違う視点から見たりもしながら、あれをこうして……………」


 そう言って機械の一つの投影機を起動させると、平べったい映像の[空中触覚タッチパネル]が表示され、それに反応するタッチペンを手に取るなりパネル上に複雑な化学式を書き連ねる。


 ずらずらと思い付く限り、可能性の一歩へと突き進もうとするブシュラ。


 良く見れば、壁中に張られた設計図にも別の化学式の数々が書き連ねているではないか。


「……この考え方は違うか。ならば現存する組織から近い組織と比べてみて何かしら発見出来れば…………これも違う。少し発想を変えてみて……………」


 よほど頭を悩ませ続ける様子の彼女であるが、人知を超えた組織の解析はそう簡単に出来ることではない。


 だが、彼女は決して諦めないだろう。


 まだ誰も知らない謎を解き明かすこと。


 研究者にとって、これほど心がおどる産物は無いだろう。


「……なんとしてでも、この謎を解明してやる。

 精々せいぜい、上で見ているが良いさ、目神よ。必ずや神の力はこの私が手にしてくれようぞ。ハハッ、アハハッ、ハハハハハハハハハッ………………」


 高らかに神眼の力を手にすると誓いを立てたブシュラであった。

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