PiLLEUR DE ŒiL -ピヤー ドゥ ウイユ- 〜Eye-Land GAME〜 アイランド・ゲーム

ちゃいあん。

プロローグ

0.その男、視力と金欠につき

 目崎悠人は並みの人と比べて、目が良い少年である。


『品川583 そ 49-81』……、『北見331 ほ 73-96」………


 歩道を歩きながら、その横でタイミングもバラバラに車道を通り過ぎて行く、一台一台違った自動車に表記されたナンバープレートに書かれた《地名》や《指定番号》諸々、一瞬でいくつもの情報をパッと見ただけで全て理解し、一つも外すこと無く淡々と言い当てていく。


 その中には、つらなって走行して行く車や積載車キャリアカー――そこに積まれた複数台の車なども存在していたが、そんなところの細かなナンバープレートでさえ、彼は正確に答えていってしまうのである。


「今日も目の調子は平常運転っと。さて本日の目の体操はこれぐらいにしておくか」


 なんとも軽いノリで計100台分の車のナンバープレートを連続的に全て目視する捉える離れ業をやってのけてしまう程には、の視力が長けているその男――


 『目崎悠人めざきゆうと』という人間が持つ、顕在能力の凄みリアルである。


 だが、そんな彼の目の良さがのちに大きな事故を引き起こす原因トリガーになろうとはこの時――、全く思いもよらなかった。


 ……まさか、あのような状況フィクションがこの身に降り掛かろうだなんて…………


 ………………………


 何処どこを見渡しても広がる白い空間の中、目の前に佇む一人が………いや、が彼に一声掛ける。


『……これより貴方には、ある『眼球』を移植して頂きます。……もう一度為の、命を手に―』


『それはどういう………』


 …………………


 ……………


 ………


 今や何処どこもかしこも当たり前のように、お金のやり取りが完全電子化された現代――


NEMTDネムテッドPCピーシーは貴方の生活を支える〈ライフ需服クローズ〉。

 身体中の水分を奪っていく暑い日差し――、感覚麻痺を起こす極度の冷え――、

 年々脅威を見せる気温の寒暖変化の前には、今や市販の衣服では防暑・防寒を意味成さずして、外出もままならなくなっていきました。

 そんな現代の環境下から我々人類の身を守る為、我が社は画期的な防護服の製造に成功。

 全世界に向けて試供服サンプルを提供したところ、今となっては誰もが必要とする日用品として広がりを見せており――』


 通学路に置かれた電子看板3Dホログラムがそのような広告を流していると、一人の白髪はくはつの青年は電子マネー端末機:電子財布スマートキャッシュ(昔で言うおサイフケータイ)を覗き込みながら、そこに表示された『所持残額:350円』という、あまりに心許無いその小さな数字を見て途方に暮れながら、その横を通り過ぎていく―――……。


「はぁ……この制服高過ぎて馬鹿にならないんだよなぁ。おかげで出費がかさんでしまって、今月発生する諸々もろもろの家計費を差し引いたとしても、私用マイ電子金マネーがこれだけって………。

 つーか、今日からになるって人間がに頭を悩ませるって、普通ならありえねぇぞこんなの。

 クソッ!あんな……あんな事故さえ起きなければ、父さんと母さんは………」


 思わず感情的になって、はした金がチャージされた電子財布スマートキャッシュを持つ手に力が入り、青年は一人苦しんでいた。


 今日は高校の入学式。


 通学路を歩いていたその男の周囲には、若い男女が同じような藍色の制服を身にまとい、そこはかとなく新たなスタートに期待を寄せる新入生らしき人達も見受けられた。


 だが、彼にはそんな余裕が無い。


 何故なぜこうもいち高校生になる者が、お金の……それもなどと、大それた費用問題をかかえているのか?


 単純な話である。彼の元には既に頼る親が存在しないのだ。


 そう――、いわゆる【両親他界】である。


 あろうことか、他に頼れるような大人の存在が彼のいる環境におらず、この歳にして親が残した一戸建いっこだての家計を支えている。


 しかし、そうまでしてこの家にこだわる必要が一体、何処どこにあるのだろうか?


 その答えは彼には支えるべき、一人残された家族の『存在』がひとえに大きかった。


 長男一番上という責任もる事ながら、何よりそんな自分を頼りにしている唯一の家族につらい生活はさせたくない。


 たったそれだけ……否、充分すぎる理由だ。


 さいわいにも両親は共に高収入だったこともあり、のこしてくれたお金で一年近くどうにかやりくりすることが出来た。


 だがお金は減りに減り、年齢的な制限もあって一向に増えない現実。


 それも、今日でおしまい。


 高校生になった彼は、ついに稼ぐ時が来たのだ。


「だーもう……めだめッ!いつまでもシミったれたこと過ぎたことを言っていても仕方が無いだろッ!気持ちを切り替えろ、俺ッ!」


 思わず日頃の弱音を吐いてしまった自分自身に喝を入れようと、思いっ切り自分の両頬を叩いた悠人。


「中学も卒業し、今日から俺は高校生の身だ。これで労働基準法に縛られること無く、ようやくバイトが始められる!

 ……どれだけ、待ちわびたことか。よっしゃ、今日からバンバンお金稼ぐぞー!」


 現実に目を向けて少しでも今の生活を支えるお金を増やしていき、後々あとあとの将来的な給料のことを考えて、高校卒業を確実にものにすべく、学業とのバランスはしっかりとしよう。


 天に向かって高らかにバイト宣言すると、周りでそれを聞いていた高校生たちがクスクスと笑い出す。


 男は人がいる前で何をやってんだ、と赤面しながら、早足で高校へと向かって行った。


 そうして彼が走る最中さなか、一人の女子高生の横をすっと通り越して行く。


 先へと行ってしまった彼の後ろ姿を見るなり、彼女には何か思うところがあったのか、その女子高生は唐突に不思議なことをつぶやき出す。


「……あれは…………そう、貴方が………………」


 これよりあの男に降り掛かるのは、幸か不幸か。


 何処どこかその言葉には、謎の前触れを予感させる響きがあった。

 

 この時は――、思いもしなかった。


 今日という日が彼にとって、人生終末ピリオドの日になるとは…………


「……おい、やばいぞ。誰か、ねられたみてぇだ。ありゃあ、助かるのか?」


「そんなこと、言っている場合じゃないだろ!救急はまだなのか!」


「えっ!なになに、事故?マジヤバない?」


 事故現場に居合わせたギャラリーがガヤガヤと騒ぎ立て、非常に嫌な空気が辺りを包む。


 その中心には――身体から多量の血を流す………、今にも死にそうな姿で横たわる白髪の青年がいたのだった…………。

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