⒌ 暗目(5) 監視役

 保呂草未予は携行食を食べながら、何処どこか小さなトンネルの中へと来ていた。


 布都部島ができた原因ともなる例の震災の影響で道は荒れ、修理がとどこおっておらず、今は使われていないトンネルの中で明かりを付けずに、奥へ奥へと進んで行く。


 それは神眼に――ちょっとした暗視スキルがそなわっているからこそ、可能なことだ。


 瓦礫がれきを飛び越え足場の悪い道を進んでいくと、反対側からの別の足音が聞こえてきた。


「め……神眼者しんがんしゃ未予が、こんなところになんの用じゃん?」


「貴女と出会ったら、神眼者プレイヤーとして用があるのは分かっている筈でしょう?


 未予は確かにそう言った。ヘアムの協力者-NinaニーナLandoltランドルトの名を。


 例の彼女は、トンネル内の暗さで近くにいた未予にしか、その姿は確認できない。


「あのシルエットからこの私を探し出すなんてね、やるじゃん神眼者未予。

 それにしても、君が人の名前を言うだなんて珍しいこともあるもんだね」


「貴女の名前だけは別よ。何しろ、私の生存率を高める人物の名ですもの。忘れる訳にはいかないでしょう。

 それと全神眼者ぜんプレイヤー監視かんし役を任されているからこそ、そんな細かいことまで知っているようだけど………人に見られているってどうも好きじゃないわ」


「そんなこと言っちゃうの?けど、その携行食を分けてくれたら許してあげる」


「こんなもの、全部あげるわ」


 そう言って未予は、食べかけの携行食を彼女の方へと放り投げた。


 彼女は上手いこと、それを掴み取る。


「ではでは早速……ohおっと,……C’estこれ pas mauvaisなかなか


「それじゃあ機嫌取りも済んだところで、そろそろ《本題》に移させて頂いても宜しいかしら?」


?………あー、もしかして〝ガンギマリ〟のこと?

 ……って、神眼者プレイヤーたちには〝覚醒〟としか説明されていなかったんだったっけか?」


「そんなのはどっちだって言いわ。なんにせよ、今の貴女にはゲームルールに従い、私の目を奪う必要性は無い筈。

 何故なら、貴女はすでに今日の生存分の神眼を持ち合わせているから。違うかしら?」


「その自信……そう、神眼者未予が【未来視】の能力者だったの。

 いやぁ~、バレちゃあ仕方がない。見事当てた記念として、こいつをプレゼントしてやろう。有り難く、受け取るが良い」


 そう言って、ニーナは未予のまぶたに向けてヌルリとした液体を飛ばしてきた。


「これは……」


 未予は人差し指でその液体をすくい上げると、それを鼻先に近付け匂いをいだ。


「この鉄臭い匂いは……血?」


「あーあ、それをすくっちゃダメじゃないか。

 その血液こそが君たちの間で言う、神眼の【覚醒】をうながす働きがあるのによぉ」


「あら、そうだったの?何やら汚らしいものが飛んできたから、思わず払いのけてしまったわ。

 悪いけど、もう一度お願い出来るかしら?」


「そいつは無理な相談だね。私はこんなところで、長居はしていられないのだよ。

 まことに残念だろうが、またの機会にでもな。Au revoirさようなら


「待ちなさい」


 ニーナはそのままトンネル内の暗闇に溶け込み、何処どこかへと消えていった。


 だが、未予はこの状況に悔やむ様子も見せず、何故なぜかその口元はニヤリと笑っていた。


「これは滑稽こっけいでしょう?瞬間移動者テレポーター


 彼女がそう言って振り向いた先には、いつの間にかここに来ていた藤咲芽目の姿があった。


 偶然にも瞬間移動できる範囲を拡大しに、この場所へとその視界におさめに来ていた芽目。


 幾重いくえにも音が響くトンネル内という環境を前に、二人のやり取りが自然と耳に入っていた芽目は、なんとなくこの状況を理解はしていた。


「お前、さっきのはわざとか?」


なんのことかしら?」


「とぼけるな!お前なら未来をることが出来るその力で、奴の血のことは分かっていたんじゃないのか?」


生憎あいにくだけど瞬間移動者テレポーターが思うほど、私の力は万能じゃないわ。

 自らの能力を明かすようなことは言えないからあれだけど、いくら先のことが視えても分からないことはある。

 ――目にするものだけで、未来は語れないわ」


「お互い、厄介な能力をお持ちなこと。

 てっきり、貴女が何かたくらんでいるのかと思っていたのですがね」


「あら、私ってそんなに信用ないように見られるかしら?それは少々気落ちしますわ。

 それはそうと、今から私とるつもりで?」


「いいや、ここに来たのは別の私的な目的の為に来たまでのこと。

 こちとらすでに、今日を生き延びる為の眼球はすでに持ち合わせている身。人間同士のみにくい争いなんざ、必要以上にしている程、暇してねぇのさ」


「そう。ならこちらも幸い、控えがあるからここいらで失礼させて頂くわ。では、ご機嫌よう」


 そうして未予は元来た道のりへと戻り、トンネル内から去っていった。


「さてと、この場所もあらかた記憶したところだし、こちらも去るとしよう」


 そう言って、芽目が【視認瞬移テレポーテーション】した直後だった。


 再びトンネル内にて、奴が姿を現したのは………。


「私の存在に気が付かないだなんて、まだまだ観察力が足りないじゃん。本当に眼球が付いているのかよ、キャハハハハハハハ………」


 彼女の愉快ゆかいな笑いが、暗いトンネル内で不気味に響き渡るのであった。

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