第一部 ⒍ 洞視

⒍ 洞視(1) 子供の成長は恐ろしい

 ゲーム開始から六日目――


 ゴスロリ衣装をこよなく愛する黒乃雌刹直くろのめせつなはブシュラ・ブライユ邸のお庭内で何やら神眼者プレイヤーとしての生来せいらいの素質がどれくらいあるものか、今まさに試されようとしていた。


刹直セツナ。これからお前には私の使いである、このイヌ耳付けたメイドのリンジーと生死を分けた本気の手合わせをしてもらう。

 それが君の目に宿る特殊な力を目覚めさせる一番の手っ取り早い手段であるからな」


「特殊能力って私をよみがえらせてくれた神様が与えた、この目に宿っているっていう不思議な力のこと……でしたっけ?」


 あらかじめブシュラからそれとなく〈神眼しんがん〉のことや【ピヤー ドゥ ウイユ】というゲームについてのことだったりの説明を受けていた刹直セツナであったが、おぼろげな記憶を頼りに今一度確認の上で聞いていた。


「ああ、そうだ。こう見えて彼女は空手からての達人だからな。手加減は無いと思え。覚悟は良いな」


「はい!」


 刹直セツナは力強く返事をすると、それと同時にイヌ耳のカチューシャを付けたメイド-町田リンジーは動き出した。


 一瞬で刹直セツナとの間合いを詰めると、まずは彼女のお腹に向かって正拳突せいけんづきをおみまいした。


「ごふぁっ!」


 もろにこぶしをもらった刹直セツナの小柄で軽い身体はまたたく間に吹っ飛ばされ、人工的にととのえられたツゲのトピアリーを背に衝突しょうとつした。


 この時点でかなりのダメージが身体に溜まり、それでもどうにか刹直セツナなりに反撃しようとヨロヨロとその傷付いた身体を必死に起き上がらせると、休むひまも与えずにリンジーは二手三手と次々に刹直セツナの体力を奪っていった。


「ゼェ、ゼェ、ゼェ、ゼェ………」


 ブシュラの財力であしらえた新品のゴスロリ衣装もすっかり傷付き、もはやまともに立てなくなるまでズタズタにされてしまった刹直セツナ


 だがそれでも、刹直セツナが己の目力に目覚める様子が無い。


 こうなったらとリンジーは刹直セツナの片目を本気で奪い取ろうと、手を伸ばしたその時だった。


 突如としてリンジーの背後で何かが現れると、それは彼女の腕を強く拘束こうそくした。


「これは……」


 リンジーはその黒い物体を目にすると、それがどういうわけか立体化したであることが分かった。


「ほう、こいつはまた変わった能力だな」


 見物していたブシュラがそんなことを口にすると、ついにその力を開花した刹直セツナが最もこの現象に驚いていた。


「やっ……やった!厄介なメイドさんの動きを止められたよ」


 ここで二人の手合いを中止するブシュラ。


「もうこの辺りで結構だ。刹直セツナ、目を閉じ能力を解除しておけ」


「あ……うんっ!………分かった!」


 特殊能力が開花されたというのに、ブシュラが一切褒めてくれなかったことに対してどこか残念そうに気持ちを押し殺す刹直セツナ


 まだまだ甘えたがりな年頃ではあった刹直セツナだが、静かにかまぼこ型の瞳孔をした赤い瞳をした神眼を閉じると、リンジーの影は元の表面上に映るだけの形へと戻っていった。


 その様子を見届けたブシュラは影が戻るなり、口を開いた。


「すっかりその服もボロボロになってしまったな、私が後で新しいものを用意して上げるとしよう」


「本当に!!じゃあ今着ているものより派手なものが良いな」


 先程とは打って変わって上機嫌になる刹直セツナ


「そうかい、まぁなんだって良いさ。

 それよりさっきの手合いで思ったのだが、君のその小柄な体型をおぎなうための何か対策を打たなくてはな。

 例えばすぐに吹っ飛ばされないように相手との間合いを一定距離突き離せる為の何かリーチが長くそれでいて軽めな武器を与えてみるとか………」


「武器!!なんかそれって格闘ゲームみたいで面白そう」


「面白そう……か。確かに私たちが巻き込まれてしまったあれも一種のゲームではあるが、それは生半可なまはんかな気持ちでやっていられるほど楽しいものではないぞ」


「さっきみたいなことを体験したら、そりゃあ楽しいものではないことは分かっているよ。

 でも、ママあいつらしめるまで生き続けたいって思いは変わらないもの」


「何か目的があるのは生への活力となる。

 その気持ちを忘れずにこの現実を生きてみせろ。私から言える助言はその程度だ」


 その後、ブシュラは戻るぞと一声掛けると、刹直セツナたちはブシュラ邸の室内へと戻っていくのだった。

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