⒊ 視忍(6) その実力は本物

「ふぅ~、あの店で何も問題を起こすこと無く、無事に立ち去れて良かったよ」


「ほらそんなこと言ってないで、いつ奴が店に出てくるか分からないのだから、話してないで早くここを離れるわよ」


 店から出た悠人と未予は即座に何処どこかへと移動を始めた。


 その何分か後だっただろうか、斬月ざんげつが店を出ると周囲近辺に悠人たちの姿が見て取れず、代わりに背後から見えない何かがせまり来た。


 その正体は斬月の目を狙う二人の女。


 一人は視覚的に捉えることの出来ない《認識阻害にんしきそがい能力者》。


 もう一人は未だ能力を使用していない双髪少女ツインテール


 両者はまたも手をつなぎ合いながら今一度、斬月の神眼の略奪をはかるべく、二人の空いた片手が音を立てず左右から同時に迫って行く。


 だが長年のいくさで鍛えられた五感が、右から左から迫り来る見えない手の存在を感じ取り、斬月はその場でしゃがみ込むと、両手を地に付き両足を勢いよく上げて二人の腕を蹴り飛ばした。


「「~~‼」」


 予想もしなかった重い一打を受け、二人は思わず声が出そうになるところをどうにかおさえ、それでも双髪少女ツインテールはもう一度片手を前に伸ばし、まさにこのタイミングで奴は神眼を開眼。


 直後、伸ばした片手がはりのような形状へと形を変え、同時にスーパーマーケットの看板や店先に置かれたショッピングカートに車など、彼女の視界に入ったもの全てが鋭くとがった痛々しい針の形へと姿を変化させた。


 それらは一直線に斬月の方へと伸びていき、まさに針千本のごとく向かっていった。


 だが、斬月は突然の出来事に動揺どうようする様子もなく、両腕に取り付けられた十字型手裏剣を一つずつ、腕を交差する形で両手でつかみ投げると、妙なことにヨーヨーを回し続けているかのごとく強烈に荒ぶる縦回転が左右同時に行われ、それらは全て迫り来る針々はりばりをたやすく対処してみせた。


 謎の回転の秘密は二つの手裏剣に仕掛けられた目に見えるか見えないかぐらいの〈蜘蛛クモ糸〉にあり、指に巻き手首をこまやかに動かし、三百六十度からの攻撃をいなしたのだ。


 だがここで一度、《ゲーム内容》を思い返して欲しい。


 このゲームには一般人にこのような特殊な能力を見られてしまってはいけないのだというルールがあったことを。


 ここはスーパーの言わば駐車場である。


 さいわい、店内の外に出ているお客や関係者の方々の姿は無いが、この戦闘の様子を店内から見られている場合があるのではないか?


 こちらが現在の店内の様子である。


『ただ今よりタイムセールを始めさせて頂きます。こちら、のみとなっておりますが、どうか駆け込みのないよう、お一人様一点のみお買い上げ可能になります。数に限りがございますので、無くなり次第終了とさせて頂きます』


 本日のみと言われ、それに揺るがない主婦が何処どこにいるだろうか?


 一人の店員-少し前に斬月が飛び越えていった、身長180センチぐらいはあるように見える長身の男性がそのように店内放送をすると、そこでは当たり前のように主婦たちによる戦闘がおこなわれていた。


 外では命懸けの戦闘、店内では主婦たちのプライドを懸けての戦闘が同時進行していた為に、彼女たちの闘いを見ている者は誰一人としていなかった。


 その闘いの最中さなか双髪少女ツインテールの針状化した腕は、斬月の振り回す手裏剣によってボロボロに斬り付けられ、気付けば元の形状へと戻っていた腕がぷらーんと痛々しいまでに可笑しなことになっていた。


「……う、うう、うぁあああぁぁァァ――――ッ!痛ェェェ………痛ェぇえぇぇぇええええェぇ――――ッ!」


 今にも腕が外れそうな勢いで肩からピューっと血が噴き出す程にガタガタなその姿から想像が付くほど、痛さのあまり思わず声が漏れ出る。


 反射的に出血しゅっけつを負った部分を押さえる形で反射的に手を離してしまったことで短髪少女ショートヘアの能力下から外れ、双髪少女ツインテールの姿がさらけ出されてしまっていた。


「あっ、ああっ……ああああぁぁぁ………」


「まずは一人、姿を現しましたね。どうやら貴方は私と同種のようですし、今日の生存分だけでもその目は回収させて頂きます。……って、私なんかの分際でそんなの許されませんよね」


「くッそ……たれがっ………マジでなん、なのよぉぉおおおおぉぉぉぉ――――ッ!」


 斬月のツンとくる言葉に彼女は無性に怒りを覚え癇癪を起こしてしまい、片っ端から視線の先にあるモノを針状に変換へんかんさせる。


 考えも無しに今一度生成された数十本の針を斬月のいる地点へと方向転換ほうこうてんかんさせては、ただひたすらにっ直ぐその針を伸ばし続ける。


 双髪少女ツインテール目力めぢからは、視界に入ったを針のような形状へと変換させ、それらを曲げたり伸ばしたり、自分の思うがままに転換することが出来るといった性質を持っている。


 そう、これまでの闘いの中、何故、針状化させているものがあるを除き、モノだけにあったのか、ここにその秘密があったのだった。


 ハナっから何でも針状化させることが出来たのなら、能力の対象を単に神眼者の肉体そのものにすれば早い話である。


 相手の肉体を内側から強引にしっちゃかめっちゃか引き伸ばして………それこそ、針達磨ハリだるまにでもしてしまえば容易に肉体を破裂させ、淡々スムーズに神眼の回収を済ませられるというもの。


 腕の針状化現象のカラクリはその腕が本物ではなく、本物のように精巧にだから。


 《義腕》と一言では言い表せない程、作り手のこだわりが詰まった上質な人工腕。


 使用者が違和感なく動かせるよう、人間が筋肉を動かそうとする《筋電位》と呼ばれる信号を感知し、装着者が動かしたい方向へと常に――腕や指の関節の細かい動き一つ一つをとって、それら全ての動きをコントロールする為の高度な人工知能を搭載。


 これまでのアームやらケーブルやらに繋がれた義手とは異なり、本物の腕に近づかせて動きを与える骨組み部分をコンパクトに、それを覆い隠すように人工皮膚、そして中では実際に血液がドクッドクッと流れる神経の流れを作り出している。


 その為、一部の神経系は実際に、元々は正確な神経信号をキャッチする為の仕様として採用されたこの手法だが……、これがまさに彼女が痛がっていた原因――、繋がれた一部の感覚神経が手裏剣の刃先でことにあった。


 どこまでもリアルにこだわったその腕を誰が作ったのかは不明だが、少なくともそんなものが今の時代に存在するだなんてニュースは聞いたこともない。


 つまりは何者かが秘密裏に開発し、それを奴に与えたのである。


 そして奴の能力には続きがあり、距離感がつかみづらい地面や空に浮かんでいる物に対してはその力が使えず、目をそらすとそれらは元の形状へと戻っていくのが奴の持つ能力の特徴だ。


 もしもこの場に未予がいたならばここは、目力-【目刺ニードリング】とでも名付けたことだろう。


 さて、四方八方から迫り来る針を前に斬月はどうなったのか。


 彼女は裏腰にぶら下げていた長方形型の木筒に手を付けると、中から小刀を引っ張り出しその場で高くジャンプをすると、勢いのままに回転切りでおびただしい数の針を打破だはしてみせた。


「これで終わりです」


 この時、浮遊状態にいた斬月は腕に取り付けられた十字型手裏剣を空いていた左手で掴むと、そのまま相手の右目を狙いに投げ始めた。


「ぎぃやぁあああああああぁぁぁぁ――――――ッ!」


 見事な軌道きどう力で狙い通り奴の右目に手裏剣がれると、強い回転が掛かった手裏剣の一刃が眼球とそれを包む肉の間に入り込み、右目を追い出すようにその回転力は勢いがとどまることを知らず、その眼球は血しぶきと一緒に解き放たれた。


 すぐに着地した斬月は走り出し、飛ばされた眼球を見事にキャッチする。


「では、こちらの目は頂いていきますので」


 斬月はそう言って、即座にこの場を去っていくのであった。

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