⒊ 視忍(4) 恩は仇で返される

 目崎めざき悠人は追われていた。


 体力が続く限り、走って走って走り続ける。


「くそっ、なんでこうなるんだよ」


 彼を追い掛けるのはパンダ耳のような髪型をした、両腕にマフラーを巻いた一人の少女。


「貴方が神眼者プレイヤーであることは、リストで調べ済みでしたので。

 ただあの時は空腹でまともに動けそうになかったことといい――、あの時点ではまだ、ゲーム開始時刻になっていませんでしたので……って私なんかが生き抜く為とはいえ、貴方から目を奪うなんて良くないですよね」


「ちょっ待っ……、それ言っていることとやろうとしていることが、矛盾しているじゃねぇか」


 悠人は住宅街を駆けて行きながら、必死に彼女の視界から外れようと逃げ回るのだが、奴は時としてへいを飛び越え、またある時は密集した狭い空間を利用して、壁ジャンプをしながら器用に移動して行き、何処どこまでも執拗に彼を追い続けていた。


「意外にも足がお早いのですね」


「いつでも何処どこでも移動は徒歩。貧乏性で鍛えられた足腰を舐めんじゃねぇぞ。

 ……っ、つーかお前、絶対本気出して無いだろ。さっきから見せる動き、本気で捕らえる動きじゃねぇじゃんか。俺をおちょくってて楽しいかよおい!」


「一応、私の飢えを救ってくれたお人ですから、少しの間の慈悲じひ………でしょうか?」


「慈悲って言うのなら、そもそも俺を追い掛けるのを止めやがれってんだ。このっ、こんチクショウがッ!」


 そんなやり取りをしながら逃げ続けている内、いつしか彼の目の前にはブロックへいで出来た高い壁が行く手をはばんでいた。


「おいおい、嘘だろ………」


 実はおちょくっていた訳でも、ふざけていた訳でも無く、彼をこの場所に誘い込むことこそが彼女の狙いであった。


 行き場を失った彼は周囲を見回し、どうにかして逃げ道になりそうなところを探そうと必死になるが、左にブロック塀、右には金網かなあみフェンスが立ち塞いでおり、側には自動販売機が二台置かれただけの狭い空間へと追い込まれてしまい、これまた早々に逃げられるような状況エリアでは無かった。


「やばい、このままでは………」


 焦り出す悠人の前に、直後救いの手が差し伸べられた。


「こっちよ」


 彼はその声が聞こえた方へと目を向けると、そこには自動販売機が死角となって見つけにくい位置にあった、金網フェンスの破れ穴から顔を出す保呂草ほろくさ未予の姿があった。


「おまっ、どうしてここに………」


「良いから、早くここを離れるわよ」


 彼は急いで子供一人通り抜け出来るくらいの大きさはあったその破れ穴からすべり込むように脱出すると、ひとまず奴の視界から姿をくらますことに成功した。


 こうして二人は何処どこか開けた場所へと出ると、彼は息を荒げながら未予に理由をたずねた。


「未予、その……どうしてあんなところに…………」


「聞くまでもないわ。未来視で貴方が神眼者プレイヤーらしき人物に追いかけられてあの場所に来ることは知っていたから、私はその手助けをしたまでよ」


「そうか、おかげで助かったよ」


「でもまだ、油断は禁物よ。【未来視ビジョン】で視た限り、貴方を追い掛け続けていたあの身体能力は尋常じんじょうじゃないわ」


「そういや時々、壁を蹴り上げてジャンプしながら移動していたり、軽々とブロック塀を飛び越えたりなんかして、散々追い掛け続けていたな」


「まるで忍者ね」


「……そう、だな」


 一瞬、黙り込んだ彼を不思議に思った未予は問いかけた。


「何か思うことでもあるのかしら?」


「実はさっき俺を追ってきた彼女、今朝の登校中に一度出くわしていてな。

 腹が減っていたみたいで近所の神社前に座り込んでてさ、一目見て神眼者プレイヤーだって分かったけど、俺はそいつにおにぎりをくれたんだ。

 その場では俺に感謝していたけど、自分の命がかっていると人ってそんなにも変わってしまうんだなって思ってさ」


「そんなの、始めから予想出来た筈よ。それとも何?食べ物で人が釣れるとでも思ったのかしら?」


「何もそこまでは………」


「甘いわ。私たちは命賭けのゲームをしているのよ。恩をあだで返されても、それは仕方が無いわ」


「でも彼女はあの場で能力を使わなかった。そこにどんな意図があると言うんだ?」


「そうね……例えば、あの場では使いづらい能力?それとも貴方をためしている?そんなに彼女の人間性が知りたければ、《神眼者リスト》で調べれば良いじゃない」


 確かに《神眼者リスト》には、神眼者一人一人の事細かなデータが記載きさいされている。


「その手があったな。それじゃあ調べるとするか……って、あ――っ!」


「ちょっと、急に大声を上げないでくれるかしら?」


「いやそんなこと言ったって、この腕に付けられたEPOCHエポックなんだけど、一度も充電してなかったから、今はバッテリーが消れて使えない状況だったことを思い出して……」


「それならリング内には掃除機のコードのように、引っ張り出すタイプの直結型ケーブルが内蔵ないぞうしていた筈よ」


「いやいや、知らなかったわけじゃないんだ。ただ、充電していなかったのには、我が家の生活費に響くと言いますか……」


「ああ、貴方が貧乏だって話?」


「ちょっ、ストレートにそれ言っちゃう?」


「言うも何も、一昨日おととい貴方の妹さんと二人きりでいた時に、お宅の場所を聞いたと言ったでしょう。

 その時に、妹さんが貴方のことや家庭に関する話を話していたのよ。『兄さんは常に私の前では不平不満言うこと無く、一生懸命家計を支えてくれる頑張り屋なんだ』って」


「あいつ……そんなこと言ってたのかよ。ああ、そうさ。二年前両親が死んでから、我が家は親が残したお金をどうにかやりくりして今日まできたんだ。そりゃあ、一切の無駄むだ遣いは出来なくったって、仕方無いだろ」


「誰か、頼れる人はいなかったのかしら?祖父に祖母、はたまた知り合いの一人や二人―」


「それは――」


 彼は、何か思うことがあったのだろう。


 何せこんな生活をしているということは、それ相応の理由があってのこと――


「……俺には何もなかった。そりゃあ、身内にはいなくとも、親戚しんせきの人ぐらいはいたさ。

 けどな、そいつら寄ってたかってこう言うんだ。

 『貴方達を引き取ったら、私たち家族も不幸に見舞われそうで嫌だわ』ってな。

 ……正直うんざりしたよ。俺や紫乃だって、好きでこんな生活をしているわけじゃない。

 俺たち兄妹きょうだいはただ、そんな大人たちの力を借りないで生活していくことが嫌でこんな、こんな…………」


「もう良いわ、そのくらいで。理由は十分に伝わったから」


「……くそっ!それもこれもあんなゲームに巻き込まれちまったせいで、余計に気が滅入めいってんだ」


「本当にごめんなさい。私も色々と言い過ぎてしまうところがあったわ」


「それを自覚しているんだったら、人のことを深く入り込まないでもらえないか?

 ……無神経と言うか、色々と改善してもらえないとこの先、未予とやっていけるのかって少し不安にもなる」


「そう言われても、人ってそう簡単に変われるものじゃないのよ」


「まあ、すぐにそうしろなんて無理は言わないが………

 あーくそッ、調子狂うぜ。なんかきょうが冷めちまったし、早いとこ奴について調べよう。未予、EPOCHを………」


「それなら、さっき余談している間に調べが付いているわ。これを見て」


 言わずとも、未予はいつの間にか操作していた、EPOCHエポックから投影された立体映像を彼の前に見せた。


三日月みかづき………斬月ざんげつ、それが彼女の名前か。

 ……ってちょっと待て!れっきとした忍者であり、現在も生きている神眼者の中で、最も最古の神眼者しんがんしゃであるって。

 それが本当なら、ざっと千年の間を生き抜いてきたってことじゃねぇか!」


「あの見た目から推測するに、当時若くしてこの世を去るも、神眼によって生き返った彼女はその頃の容姿をしたまま、今もなお生き続けていると言ったところかしら?」


「何てことだッ、ツイてねぇ………。俺達は今、そんな歴戦の忍相手に狙われていたってことかよ。そりゃあ、俺みたいな奴に能力を使うまでもないよな」


なんにせよ、相手が強者つわものだとすれば、ここも危ない――………」


 シュッ!


 何処どこからか風切り音が聞こえると、何故なぜか彼のほほから一筋の血が静かに流れ出した。


「これは………まさかッ、奴の攻撃なのか」


「刃で切り付けたような、見えない攻撃………まるで鎌鼬かまいたちね。目力めぢからを使ったとなると、奴も本気を……………」


「そんなこと、言っている場合じゃないだろ。何処どこひそんでいるのか分からない以上、早くここから逃げないと」


「かと言って攻撃範囲が分からない以上、デタラメに移動するのは危険過ぎるわ。だからここは、なるべく人を壁にしながら離れることにしましょう」


「言っていることはやばいが、逃げるにはそれしかない、か」


 二人は何処どこかで見ているであろう、斬月の目からのがれようと、そうしてこの場から立ち去るのであった。

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