⒉ 開眼(2) 目力

 悠人はすぐに意識を取り戻した。


 否、厳密に言うと強制的に戻された――、と言ったところだろうか。


 気付けば時刻は、十七時を回っていた。


 そんな今、保呂草ほろくさ未予と目崎めざき悠人の二人はどうしているかと言うと――、先程までいた廃工場から少し離れた、小さな喫茶店へとおとずれていた。


 そこはこの島に住む、味に五月蠅うるさい人達をうならせる程の確かな腕を持った、何処どこか他人とは思えない白髪のマスターが一人で経営をしているお店。


 人通りの少ない場所にあるのが、これまた隠れ家的な印象を持ち、店内もレトロでくつろぎやすい、落ち着いた造りをしている。


 二人は何故なぜこのような場所にいるのだというと、あの後気絶したところを未予に変なツボ押しをされ、強引に目を覚まさせられた悠人は、どうやらある程度の実力を認められたらしく、彼女に目を奪われることをまぬがれたのだが………


 代わりに誰かの目を奪う手助けをしてもらいたいと言われ、当然それは勘弁してくれと断ったのだが、それならやっぱり貴方の目を奪うと言うので――


 仕方なく彼女に付き従うがまま、作戦会議だとか何とかで話だけならと、落ち着ける場所で話をしようと、取り敢えず近くの喫茶店に来ていたという訳である。


 そんなこんなで彼は慣れないデバイスに悪戦苦闘しつつ、妹の紫乃には先に夕食を食べていてくれとの電話を済ませると、セルフサービスのおひやを口にしてから未予に話を持ちかけた。


「で、具体的にどうするつもりなんだ?」


「そうね、神眼者プレイヤー探しはなんとかなるにして、問題は腹をくくって人の目を奪えるかというところかしら?」


 そう言って、未予は注文したブラックコーヒーを口に運んだ。


 ふと、彼女の会話の違和感に気が付いた悠人。


神眼者プレイヤー探しはどうにかなるって、お前のその確証も無い自信は一体、何処どこからやって来るのさ?」


「まさか、【目力めぢから】の存在も知らなかったの?

 その腕に付いているものは、お飾りなのかしら?

 朝見た《ゲーム内容》にも書いてあった筈よ。『その目に宿る特異の力』、と言った意味合いのことがズラズラと―――」


「要するに、自分ので確認しろって言いたいんだろう」


 彼はすぐにEPOCHエポックを起動すると、未予の指示に従って《ゲーム内容》のコマンドをタッチし、そこで神眼に関する詳しい内容を見た。


 目力については、次のようにしるされていた。


【目力】

 神眼しんがんは『単に視認する機能』だけにとどまらず、ある特別な力が宿っています。

 瞳孔の形や瞳の色、神眼の違いによって宿している力は異なり、例として《目で見たものを燃やす力》、《透視》、《未来視》など貴方がたの言葉で言う〝超能力〟や〝神通力じんつうりき〟と置き換えられる例えられる超常的力を振るうことができ、【目力めぢから】とはそれら力の総称である。

 ご自身が持つ神眼の能力や使い方については、きたるタイミングで本能的に知ることでしょう。

 全ては、貴方の持つ神眼が導くままに―――


 記載されたその文章を読み終え、悠人はEPOCHの電源を切る。


 この時――、彼の中には一つの疑問が生まれていた。


「《未来視》………もしや先の手合わせでの一件だが、最後のあの動き――俺がどう避けるかに一撃を当ててきたあれは、それこそ未予の持つ力がその未来視だったりなんかして…………」


「ええ。お察しの通り、私の持つ神眼にはまさに《未来視》の能力が備わっているわ」


「やっぱり……あの最後の攻撃は、俺の行動の先を見据えていたからこそ、狙って出来た動きだったって訳だ。

 自分で言うのもなんだが、そこらの人よりは目が良い自信があったからこそ、なんか腑に落ちなかったんだよな」


「あ、そうそう。ついでに言えば、病院の時から貴方が神眼者しんがんしゃになることは、その力をもって知っていたことなのよ。

 そりゃあ、十二年前に死んでいるのだから、能力の存在を知っていても不思議では無いでしょう。

 あの時はいきなり能力の話をしたら、君の頭の中がこんがらがるかと思って、あの時は敢えて伏せていたの」


 それを聞いた今となっては思えば、昨日起きた例の惨劇の中――、大きく騒ぐ様子も無く平静に見えたのも、前もってあんなことになる未来を視ていたからこそ、覚悟出来ていたのだろう。


「――と言うことは、あれか?今は未予がている未来通りに事が進むことが分かっているからこそ、ここでその神眼者プレイヤーとやらが近くに現れるのを待っていると言ったところなのか?

 だが、そうだとして、仮にも未来が変わるなんてことは無いのか?」


「それは勿論、あることよ。運命を変えようとする力は、どんなものにだって引き起こし兼ねない事象にして―――……そうね。ここは貴方が指摘したことを受け止めて、今一度確認して視ようかしら」


 そう言って未予は一度目を閉じ、そして開眼した。


 むらさき水晶の瞳があらわに、そしてカッと光を放つと、未予の視界一杯に何がが映った。


 場所は何処どこか、人気ひとけの無い防波堤ぼうはてい周辺。金髪と茶髪の二人の女が対面し、そして互いは能力を駆使して闘い合い――


 ふっと視界が元に戻ると、彼女は目を閉じ元の濃褐色のうかっしょくの瞳へと戻す。


「……――問題無いわ。私が少し前に視た未来と、現時点においては変わり無いと言ったところかしら。この場所から歩いて数分といったところで、目的の神眼者プレイヤーには出会えるわ」


「へぇ~………ってそういや、ふと思い出したことなんだが、昨日のあれで奴が最後に言っていたピヤーなんとかって聞きなれない言葉あったろ?何だったっけか、ピ……ピヤー………」


「Pilleur de oeil、フランス語よ。そうね、大まかに和訳すると〈目の略奪者〉と言ったところかしら?」


「良くそんなこと知っているな」


「昨日調べただけよ」


 その言葉を後に、彼女は突然目元を押さえ付けながら、何やらその様子はおかしかった。


「……未来視ビジョンが変わった。すぐにここを出るわ」


「なっ、一体どうしたんだよ。ちょっ、待てって」


 未予はすぐさま飲み物代の電子決済を済ませ、急いで店内を出ると、一目散に駆け出して行ってしまった。


 悠人は慌ててテーブルに置かれたコーヒーフレッシュとシュガースティックを何個かつかむと、それらをポケットの中へと入れ込み、妙に満足げな様子を一瞬見せながらも、未予の背中を見失わないよう、その後は急いで跡を追うのだった。

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