第5話 空に舞うスマホと河川敷

何本目かの赤ワインのボトルが空いた頃、彼女を酷く罵った。


何に対してだったろうか。生き方、考え方、些細な言動、酒の勢い。


次の瞬間、殺気立った子猫のような素早さで、彼女は出て行った。


バタンと大袈裟に閉まるドア、一瞬の静寂、

アパートの階段をカンコンと鳴らす足音が、次第に遠退いて行った。


ボトルに残ったワインをそのまま飲み干して、一服した。


ため息が重い腰をあげるきっかけになる。


外は初夏の生暖かさを残した暗闇。


不規則な街灯沿いに河川敷まで追いかけた。


遠くから、虫の音が聴こえる。


メロディを口ずさむ彼女が、河川敷のコンクリート塀の上で仰向けに見えた。


片手にスマホ、誰かに電話をしている。


僕は、元彼まで繋がっているそのスマホを掴み取ると、啖呵を切った。


「ふざけんな」


そのまま、江戸川の暗黒の草むらへ、そいつを放り投げた。


放物線を描いて落下したスマホは、死に絶える虫のように、しばらく鳴いていた。


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