11話 理由は

「座ってちょうだい。今、お茶をお持ちするから」

「あ、いえ。お構いなく」

「いいのいいの。めったに来ないお客様ですからね。こういう時に出さないと、腐っちゃうわ」


 アレヨアレヨと家に招かれた。

 座っている椅子から覗けるキッチンには、楽しそうにお茶を淹れるお婆さんの後ろ姿があった。まあ、あそこまで楽しそうだと、遠慮すらのも逆に失礼な気もするわけで、俺とリディアさんはお言葉に甘えることにした。


 部屋の中を見回すのは失礼かもしれないが、あいにく手持ち無沙汰なもので、自然と目が動いてしまった。


 適度に片付けられ、カントリーチックな家具が落ち着く。田舎のおばあちゃん家みたいな安心感。ああ、俺、これ好きだわ。

 目につくのは家具たちだけではなくて、うーん、そう、剥製だった。なんの剥製かはわからない。いや、多分魔物の剥製なんだろうけど。とにかく言えるのは、地球にあったどんな剥製よりも、醜悪……怖いということだ。

 魔物って、こんな感じなのか。よかった、普通のチート能力じゃなくて。もし魔物と戦うってなっていたら、このキモいのと対面しなくちゃいけなかったわけだ。それも生きてる、動いてる状態の奴を。


「その剥製、おじいさんが狩った魔物の剥製なのよ。おじいさんも昔は冒険者だったからね」


 俺が剥製に囚われている間に、お婆さんがお茶と茶受けを持って戻ってきた。


「凄いんですねおじいさん」

「そんなことないわよ。確か、三級冒険者だったかしらね。普通だったみたいよ」

「三級冒険者でベアクロウを狩ったんですか? 凄いですね」

「ベアクロウって言うんですか、リディアさ」

「うん。普通は二級冒険者が倒す魔物なんだよ」


 へぇ、そいつは知らなかった。まぁ、二級も三級も、冒険者の階級なんて知らないし。事あるごとに協会では自慢された気もするけど、聞き流してたし。


「そうだったの。初めて知ったわ」

「はい。ところで、おじいさまはどちらに?」

「畑仕事で汚れたから着替えてるわ。もう来るはずよ」

「待たせたね」


 事前に打ち合わせしてたみたいなタイミングで部屋に入ってきたお爺さん。畑仕事をしてるからか、はたまた昔冒険者だっただからなのかはわからないが、随分の姿勢がよく元気そうだ。しかし白髪の混ざった茶髪や肌は年相応。お婆さんと同じで優しそうな雰囲気だった。


 お爺さんが席に着いたところで、自己紹介から会話は始まった。


「はじめまして。わたしはカナデといいます」

「はじめまして。カナデちゃんの付き添いできました、リディアといいます」


 まずはこちらから。愛想よく振舞わなければ。最近は清楚属性ばっかり演じていたから、少し引きずりそうだ。あくまで俺のこの見た目では、ロリ。それもしっかりとした礼儀の正しいロリを演じなければいけない。それが一番うけやすいから。

 まあお婆さんお爺さんにも孫みたいな感覚を覚えもらえるだろうから、これはこれで適材かもしれない。


「丁寧ありがとうね。私はエイダ。こっちが主人のランドルよ」

「こんにちは。よく来たね」


 滑り出しは良好。さて、こちらから話題を切り出すか、それともエイダさん達から切り出してもらうか。どう展開しようか。


「確かアシュレイについて話を聞きたいんだったね」

「あっ、はい! アシュレイさんのお話を聞きまして。わたしは知らないので、知りたくなりました。素晴らしい人だと耳にしたので」


 よし、これは思っていたよりも食いつきがあるな。まあ死んだ娘のことを聞きたいなんて輩がいたら、そりゃあ気になるわな。ならないとしても、警戒とか不信感が湧くだろう。が、今のところは大丈夫そうだ。優しそうなまま。


「なんで知りたいのか、教えてもらってもいいかな」


 声が変わった。いや、表立って変わったわけじゃないけど、どっしりと構えた、そんな俺を試すような声だった。


「アレンは、知っていますか?」

「アシュレイの息子のことだね。知ってるよ、小さい時は遊びに来たものだ。最近では見ないけど。アレンがどうかしたのかい?」

「実は、私達は冒険者協会のものなのですが、先日アレンより理不尽な通告を受けました」

「協会、関係者? その身なりでかい」

「あ、わたし成人してますからね。それに男です」

「え、それってーー」

「それはあとでお願いします」


 驚いて狼狽えてるご両親には悪いが、今はそれどころじゃない。まあ、少しいつものイタズラ心が働いちゃったと思うし、それについては悪いとは思う。ごめんなさい。だからリディアさん、なんとも言えない目でこっちを見るのはやめてっ。


「ごほんっ。わたし達はそれを取り消してもらおうと思っています。が、残念ながらアレンは素直に、はいわかりました、なんて言う性格じゃありません。

 そこでわたし達が駆り出されたわけですが、調査の途中でどうやらアシュレイさんが絡んでいることがわかりまして」


 まあ、ハッタリだけど。いや、あながちそうでもないかもしれないが、それはこれから話を聞いてから判断するところだ。


「アレンは多分、アシュレイさんの死を乗り越えられていません。だからアシュレイさんを知って、アレンを助けて、わたし達も徳をする。そのためにお話を聞かせてほしいんです」


 俺は頭を下げた。座高的な問題か机が高いからか机はすぐ目の前にあって、長い髪がしだれている。側から見たらきっと頭をつけているようにも見えるだろう。けど、これは打算とか計算とか『萌え』じゃなくて、本当に誠心誠意込めたお願いだ。きっと、俺が聞きたいことは乗り切った過去をほじくり返すことだから。


 沈黙が訪れた。もともと静かなここは、喋ることをやめると、わずかな音がなくなると、静寂を訪れさせる。下を見て、周りが見えないから孤独感も感じる。

 が、孤独感というだけで本当に孤独なわけではない。頼りになる声が聞こえる。


「私からもお願いします。けっして冷やかしというわけではありません。ただ、知りたいんです」


 隣でリディアさんも頭を下げたのがわかる。見えないけど、わかった。


「顔を上げてください」


 エイダさんだ。

 顔を上げれば真剣な眼差しでこちらを見つめは二人がいた。そして、続く。


「アシュレイのことは触れて欲しくありません。私達だって悲しいですから」


 やっぱり、ダメか?


「だけどね、まだアシュレイのことを覚えていてくれる人がいるのは嬉しかった。娘のことを褒めてくれるのは嬉しいの。

 それに、アレンのことも。孫がまだ乗り越えられてないなら、老い先短い私達みたいになってほしくはないからーー」


 エイダさんは優しく微笑んで、


「喜んでお話させてください」


 と言ってくれた。

 これは交渉成立だ。


「ありがとうございます!」

「いいのよ。少し娘の自慢話がしたくなっただけなんだから」


 何はともあれ、やっとスタートラインに立つことが出来た。


 色々な人に色々な事を聞いて、アシュレイさんの人物像を捉えてきた。それはまさに聖人君子。清楚で聡明で綺麗な女性。街の女性たちからは憧れられ、男衆も虜にされた。身近にいた執事にもそれは認められ、尊敬の意を持たれた。

 そんな有象無象の言葉も大切だ。対外的な印象というのは、多くの要素を占めるのだから。

 しかし最もアシュレイさんを知るであろう両親の言葉。それは多くの要素をまとめるのに必要な核だ。本質だ。


 きっとアシュレイさんはアレンにもそういう面を見せただろう。だからこそ、書くがなければ捉えられない。アレンの理想にアシュレイさんが大きく関わっているのなら、外せないのだ。


 さて、アシュレイさんの本質はいかに?


「何から話そうかしらね……」

「そんなの決まってるだろう。仕事を手伝っておてんばだった頃の事だよ」


 おてんば?

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