矛盾対決

第2話 お前変わってるなbyフジミヤ

「あーあ…」


医務室の天井を見上げながら、溜め息をつく。


意識が回復した時には、俺はこのベッドの上に寝かせられていた。

折角遅刻を回避出来たのにこれでは、と脱力しかけたが、救急車に連行されなかっただけマシか。


俺は、体から流れ出た血が元に戻ったりはせず、傷の治りが異常に早いだけなのだ。

飛び降りたのと轢かれたのを合わせれば、それなりの出血をしていた事は想像に難しくない。

常人にとって痛みは肉体に危険を知らせるセンサーなんだそうだが、今回は痛みを感じないのがデメリットになってしまった。


「塩水落としてなけりゃあな…」


或いは、せめて轢かれた後に飲み干しておけば倒れずに済んだかもな。


天井に向けて右手を伸ばし、グーとパーを交互に作ってみる。

寝てる間にある程度回復したらしいが、本調子とまでは行かない。


『タッ、タッ、タッ』


「ん…」


現在この医務室には俺しか居ないのでとても静かなのだが、その分外の音がよく聞こえる。

早歩きの足音が迫って来ているようだ。

ただ通り過ぎるだけかと思ったが予想は外れ、まだ見ぬ人物は医務室の扉の前で止まった。

俺は首をひねって扉の方を見たが、カーテンで半分程隠れていてよく見えない。


『 ガララ… 』


扉が開き、誰かが医務室に入って来る。

その服装から、ここの男子学生だと一目で把握。

男子生徒はすぐに近付いて来るのだが、その顔に俺は見覚えがあった。


「良かった。


気が付いたみたいだね」


「お前、今朝俺が助けた…」


小さいの…いや、この印象はあくまででかい奴と一緒に並んでいたから決まったのであって、こいつそのものは特別小さくはない。

改めて見ると男子にしては長めの髪、もうちょっと筋肉付いてても良いんじゃねえの?と言いたくなる細めの体、そして虫も殺せなさそうな大人しい感じの顔だ。


本人の責任じゃないが、絡まれるのも頷ける。


「ああ、あの時は助かったよ。


ありがとうフジミヤくん」


「俺の名前知ってんのか?」


こいつと俺は初対面だし、俺が進学に合わせて引っ越してから、派手な騒ぎを起こしたのは今日が初めてだ。

他のクラスまで名が知れ渡っていたりはしないはず。


「倒れた君が医務室に運ばれる時、僕も手伝ったんだ。

君には借りがあるしね。

その時先生に名前を呼ばれてたから」


「それでか」


「ちなみに僕はヨシトモ。

宜しくねフジミヤくん。

座っても良いかな?」


ヨシトモは壁の近くに重ねて置かれた、背もたれの無い椅子を指差している。


「ああいいぞ。

てかそんなもん許可は要らないだろ」


「フジミヤくん、今怪我人だから」


俺にはさっぱり分からないが、怪我人のそばに座る時には許可が要るらしい。

覚えておくか。


ヨシトモは椅子を一つ取り、俺が横たわっているベッドの近くに置くと、その上にゆっくりと座った。


ここで不意に、ある疑問が浮かぶ。

いや、忘れてたの方が近いか。


「なあヨシトモ、今何時だ?」


「あそこに時計があるよ。

今は12時30分くらいだね」


「マジか!?」


かなりの時間寝ていたと知り、俺は条件反射でガバッと上半身を起こした。

ヨシトモの目線の先には壁掛け時計があり、確かに正午半を指している。


俺は「あーあ」と嘆き、両手を頭の後ろで組んで、再度ベッドに体重を預けた。


「お前昼飯は良いのかよ」


頭だけ起こしてヨシトモを見ると、ヨシトモは自分の腹を右手でさすっている。


「今日はあんまりお腹が空いてなくてね。

フジミヤくんは何か食べないの?」


「俺か?別に…まあ何か食うなら、カバンに菓子パン入れて来たから」


「えっ、あれ食べるの?」


ヨシトモは何やら苦々しい顔をしている。

こいつ、菓子パンが苦手なんだろうか?


「変か?」


「いやいや、そんな事は無いけど…」


俺の問いに、ヨシトモは両手を振って否定してみせた。


「フジミヤくんのカバンは君の教室に置いてきたけど、その、カバンのファスナーが開いてたから中が見えちゃって。

ごめんね?ひとのカバンを勝手に覗くつもりは無かったんだけど…」


「いや、別にエロ本隠してたりとか、見られて困るもん無いから」


ヨシトモ、こいつは中々神経質な性格みたいだな。

まあ、一方の俺が無神経どころか、肉体の神経そのものがイカレちまってるんだろうけども。


「中のパン、グチャグチャになってたんだ。

まるで高い所から落ちた後みたいにね。

ちょっとぶつかった程度でああはならないと思うんだけど」


「うーん、確かにそれは食欲が削がれるな」


「先生が捨てようとしてたから、一応それは止めておいたけど…もし食事するなら、購買で買い直す事をお勧めするよ」


「そういう事か」


ヨシトモが言う、高い所からってのは半分正解で、結構的を射ている。

俺の家はマンションの8階であり、

呑気にエレベーターを待っていたのでは遅刻待った無しだったので、

シーケンスブレイク……時間短縮の為に飛び降りたのだ。


更に交通事故がプラスされれば大正解だったな。

おっと、不良にぶつかる、も勘定しとかないとな。


「そういう事なんだ…」


「ペットボトルが破れなかったのはラッキーだったんだな」


「ペットボトルって、カイリくんとぶつかった時に落としたアレかい?」


ペットボトルについては合ってるが、ヨシトモの発言には俺の知らない人名が含まれていた。

カイリくんって誰だ?あの不良の事か?まあ、これは一旦置いといて。


「そう、アレ」


「水が飲みたいなら、最悪水道があるけど」


「いや、真水じゃ駄目なんだよ。

アレ塩水だったんだ」


「塩水?」


ヨシトモが興味を持っているみたいなので、ここはひとつ、俺の不死身を支えてくれている秘密の種明かしをしてやろう。

俺は謎のやる気を発揮し、体を起こしてベッドの上にあぐらをかいた。


「人間の血には0.9%の塩分が含まれてるって言うだろ?」


「生理食塩水って奴だね」


「そう。

人間が出血多量になった時、輸血とかもあるが、塩水だけで十分回復したり、中には輸血より塩水の方が効果的だって言う医者も居るくらいなんだ」


ぶっちゃけ、この知恵が無ければ俺はこれまで何回死んでたか分からない。


「そうなんだ…」


「俺みたいにしょっちゅう血を流してると、毎回輸血なんかしてたらキリが無いし、何処にでも有って安く作れる塩水を代わりに持ち歩いてる訳だ」


「フジミヤくん、ちょっと良い?」


「何だ?」


「その、今朝もそうなんだけど、君はどうしてそんなしょっちゅう血を流しちゃうのかな?」


ヨシトモの疑問は最もだ。

銃弾が飛び交う紛争地帯とかならともかく、ここ日本は平和で、そこいらで流血沙汰が当たり前に起こるような国じゃないからな。


「俺は生まれ付き、痛みを感じない人間なんだ」


俺はその事をアピールするかのように、自分の胸をドンと叩いてみせた。


「そうなんだ。

でも、それだけじゃ血を流す理由にはならないね」


ヨシトモの反応、薄くね?

そんで冷静過ぎるような気がする。

確かにその通りなんだが、どうせならもっと、ええー!?じゃあ釘バットで殴っても痛くないのー!?とか飛び跳ねて騒いで欲しかったんだが。


俺も大概だが、こいつもどこかおかしいんじゃなかろうか。


「あっ、でも怪我をしても気付けないのなら、いつの間にか血を流していたりするんだね。

それは困るな」


「それもだが、もうひとつ理由がある」


「何だろう…」


「俺は、不死身なんだ」


あれ?


ヨシトモが、キョトンとした感じで俺を見つめている。


「フジミヤくんじゃなくてフジミくんだったの?」


「ズコッ」


本名の不二宮と、体質の不死身を混同されてしまった。

実はこれと似たような事を何度か体験して来たんだが、やっぱり毎回しょげるな。

ある意味では俺のステータスだし、ここだけでもビックリしてくれ!と期待するのは、悪い癖だろうか?


「名前の話じゃなくて、俺の体質が不死身なんだ。名前はフジミヤで合ってる」


「あの、痛みを感じない人は何人か居るらしいから分かるんだけど、不死身の人は知らないから…」


「屋上から飛び降りて証明してやろうか?」


ヨシトモがまたしても両手をブンブンしている。


「そんな事しなくて良いよ!言われてみれば君を運んだ時、血が付いているのに怪我をしてないのが不思議だったんだけど、アレは不死身だったからなんだね」


俺は自分のステータスを認めてもらい、ちょっと気分が良くなったので、偉そうに腕組みなんかをしてみた。


「その通りだヨシトモ。

俺は怪我してもあっという間に塞がっちまうから、出血もすぐに収まる。

完全じゃないが、そこそこ不死身だぜ?」


「でも、まだ疑問は尽きないね。

いくら不死身だからって何も無くても大怪我するのはおかしいし、そんなトラブルに巻き込まれるのも…」


う。


「フジミヤくん?」


急に力が抜け、俺は二つ折りになって顔面をベッドのシーツに埋めた。

寝転がって多少は良くなっても、やっぱり失った血を補わないと話にならない。

腹も減ってるし、今日は下校まで医務室で過ごす事になりそうだ。


「ヨシトモ…どっかに塩水無いか?」


「医務室だから、探したら生理食塩水とか有るかも知れないけど…勝手に触ったら先生に怒られるね」


「はは、そりゃまずいな…」


自力で体が起こせない。

俺、こんなになるまで血を流してたのか。


「あ、そうだ!フジミヤくん」


「どした?」


「塩水じゃ無いけど、お味噌汁はどうかな?」


「味噌汁?」


何時ぞやの入院した時、看護師のおばちゃんが言ってたのを思い出した。

味噌汁は飲む点滴だって。


「味噌汁も塩気が有るよ。僕の家は母さんが弁当を作ってくれてるんだけど、お味噌汁を魔法瓶に入れてた持って来てるんだ」


「味噌汁かぁ、多分行ける」


減塩味噌じゃなけりゃあな。


「教室に置いてるから、取ってくるよ」


俺は相変わらずベッドとチュウしたままだが、ヨシトモが立ち上がったのが音で把握出来たので、立ち去られる前に一言言っておく事にした。


「ヨシトモ」


「何?フジミヤくん」


「味噌汁持参って、お前変わってるな…」


ヨシトモは「ハハッ」と笑い、


「君に言われると思わなかった」


と言い残した。


ごもっとも。

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