開演前

第1話

 全ての始まりは、100日程前の事だった。



「………無いわー、マジでないわー。異世界とか無いわー」


 僕…猫藤 雪弥(ねこふじ ゆきや)は、自分の置かれた状況を一瞬で理解した。


「は?え?あの……救世主様?」


「あーあーあー、わかるわかる。あなたがアレですね?僕を召喚したのでしょう?わかりますわかります。ザッツ魔法使い!って格好してますもんね。こんなテンプレありますか?」


 薄暗いレンガ造りの部屋の中には、あちこちに高さの違う飾台が用意され、そこに立てられた蝋燭が、淡く幻想的な光を放っている。


 その中心に僕、そして足元に魔法陣、目の前には、緑のとんがり帽子に、これまた緑のゆったりしたローブを着こみ、白いひげを生やし、右手には木の杖、左手には分厚い本を持っている、どこからどう見ても魔法使いのおじいさん。


「これが異世界に召喚された勇者じゃなくてなんなんだよ!!っていうくらいのヤツー!!今時こんなの使い古されたってレベルじゃないよ!!」


 僕はイライラしていた。


 そりゃあそうだろう、あのタイミングでいきなり召喚なんてされたらイライラもする。


「……救世主様は…驚いたり、しないのですね?」


 僕が驚かない事に驚いているような顔ですね魔法使いさん。


「驚いてますよ!ああもう驚いてますとも!ただ、怒りが驚きを通り越しているだけで!!最近売れてきたから!!あの子最近売れてきたから!!握手会なんてめったにないのに!!久々に直接話せると思ったのにもーう!!」


 そう……握手会!!大好きなアイドルの久々の握手会!!


 中学1年の時に初めて好きになったアイドルグループ「シュリンプリング」。


 それからドップリと現場に通い続けてもう五年。


 他のアイドルにも興味を持ち、お小遣いの全てをアイドルに使い、高校生になったら即バイトを始めて、そのお金もあらゆるアイドルに使い続ける人生を送っていたが、途中から声優さんにも興味を持ち、そこからアニメも見始めアイドルとアニメのハイブリッドオタク人生を生きている。


 それが、僕・猫藤 雪弥17歳、高校二年生だ。


 ……そんな僕の至福の時間、握手会……握手会を…よくも!!


 1時間並んで、あと2人で僕の番だったのに!!何を言おうか昨日の夜から考えて、何度も何度も反芻していたのに!!


 服装も、ライブTシャツに法被という完璧な戦闘服に身を包んできたのに!


「―――?よく解りませぬが……申し訳ないですじゃ」


「ですじゃ!じゃないですよ!……って、『ですじゃ』!?さっきまで言ってなかった、突然老人キャラを際立たせる語尾!!」


「ああ、翻訳魔法が浸透してきたのですじゃな。最初の数分は、言葉のニュアンスしか伝えられないのですじゃが、しっかり魔法が全身に馴染むと、細かい言い回しまで理解できるようになるのですじゃ」


 翻訳魔法…ね。なるほどなるほど、とりあえず受け入れるとしましょう。

けど、…すげぇ言いますね「ですじゃ」。


「ともかくですじゃ、突然召喚してしまった無礼をお許しくださいですじゃ」


 脱帽して、頭を下げる魔法使いさん。

 ただ、そこだけ急にイメージと違う、フサフサでパープルピンクのアフロヘア……気になって仕方ない。


「どうかしたですじゃ?」


 いや、それは言葉としておかしいですよ……翻訳魔法のせいなのかな……翻訳魔法が ですじゃ推しなのか…?


「まあともかく……」


 語尾と頭髪に気を取られて、怒りも少し落ち着いて来た僕は、まず状況を整理する。


「ここは異世界……つまり、僕が今まで居た世界とは違うってことで良いんですか?」


「ですじゃですじゃ。ここはナカンプラサ大陸のバロンス国。救世主様の世界の言葉で言うと……剣と魔法のファンタジー世界、ということですじゃな」


 白い髭を撫でつつ、柔らかい笑顔で話してくれる魔法使いさん。

 ……ふむ、とりあえず悪い人ってわけでもなさそうだ。


 にしても……


「ずいぶんその…俗物的な説明というか、解りやすい説明ですね」


 自分の住んでいる世界を「剣と魔法の世界」だなんて…僕が自分の世界を「銃と科学の世界」と説明するような物で、その世界の住人からしたら歪な説明なんじゃないだろうか。


「ほっほっほ、ワシらの世界では、時折そちらの世界から物を召喚したり、偶然落ちて来るものが有ったりするのですじゃ。偶然来るものは、「漂流物」と言われて、この世界で非常に珍しいモノとして重宝されているのですじゃ」


「なるほど、漂流物としてこちらに来たラノベや漫画でも読んだんですかね?」


「まさにそれなのですじゃ。翻訳は大変でしたが、大変楽しく読ませて頂きましたし、それによって翻訳魔法も完成出来たのですじゃ。相手の言語が解らなくても翻訳できるほど、魔法も万能ではないのですじゃから」


そういうもんなのか……まあ、召喚する時点で僕らの世界の存在を知っていたのは確かだろうし、僕のように人間を呼べる技術が有るなら、その前に物を召喚していても不思議ではない。


―――不思議な事が有るとすれば……その剣と魔法の世界に、ただのオタクである僕がなぜ呼ばれたのか、ということだ。


それを質問した瞬間………


「その事については、我が説明するのだわ!」


 突然、妙に可愛い声が響いた―――

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