第14話

              『見知らぬ国々』

 学生時代に聞いて曲名も知らぬままに今まで頭の中で繰り返していた曲があった。何とも言えないノスタルジーを誘う曲。その曲が遂に分かった。シューマンの『子供の情景 第一楽章 見知らぬ国々』。やっとたどり着いた。




       京都の皆さんこんにちは ~オリンピックの楽しみ方~

 図書館をブラブラしていたら京懐石の本があったので何となく手に取って見てみた。そしたら何と、よだれが出て来た。いい年をして。しかしこれは食ってみなければなるまい。

 2020年に東京でオリンピックが開かれるが、前回の東京オリンピックの時、美術評論家の白洲正子さんは東京の喧騒を嫌って古都に逃げたという。お祭り騒ぎに縁のない人間としてはその選択肢も悪くない。その時まで京懐石よ、待っててくれ!




        「私はまた今日一日を無駄に過ごしてしまった。」

 朝起きてメジャーリーグ中継にテレビを合わせる。そのまま昼過ぎまで見ている。その後やっと遅い朝ごはん。なんか一日やる気がなくなる。

「私はまた今日一日を無駄に過ごしてしまった。」

 「これ弾けるかもしれない」と気になっていた曲をギターでコピーし始める。もう少しで弾けそうなんだが何か違う。もうちょっとだけ試してみよう。もうちょっとだけ……。

「私はまた今日一日を無駄に過ごしてしまった。」

 三日間くらいかけて読もうと思っていた本を一日で読み切ってしまう。「天気も悪かったししょうがないか」とつぶやく。全くお日様が射すというのは悪い天気に違いない。

「私はまた今日一日を無駄に過ごしてしまった。」





             「私音楽が聞こえないの。」

 思い返してみれば僕が最初に彼女を愛したとき、僕が彼女に要求するものを愛しただけだった。彼女の血筋の正しさや容姿、そして彼女の声の美しさ。僕の思いを一方的に彼女に押し付けたのだった。しかしそんな関係では長続きはせず、二人の間は次第に離れていった(実際には手を伸ばせば彼女はすぐそこにいたのにもかかわらず!)。そうして十年以上が過ぎた。


 そんなある日、きっかけは偶然だったのだが彼女と久しぶりに再会したのだった。彼女は何というか「錆びついて」「埃をかぶって」いるように見えた。二人の間にぎこちない会話が交わされた。

「お久しぶり。相変わらず綺麗だね。」

「そんなことない。ちょっと『錆びついた』わ。それよりあなたはずいぶん若く見えるわ。」

「こっちもだいぶ傷んできてる。君の方こそ昔のままだよ。」

「私もずいぶん『埃をかぶった』わ。」

 こんな会話が何とこの後一年余りに亘って続けられたのだった。だが遂には僕の体液が彼女に浸透し、彼女に僕が包み込まれ二人は和音を奏でたのだった。

 




 

 

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