宮下聡が殺した
谷川人鳥
宮下聡が殺した
東京都立
その箱の常に半開きになっている投函口へ、不吉なメッセージが投稿されたのは十一月十三日の月曜の朝だった。
いつも通り朝の七時半には学校へ登校し、日課代わりに新聞部の部室の方へ向かう。
部屋の中には誰もおらず、私は相も変わらず錆びついた空気だけを取り込んでいる箱の中身を確認してから、扉の内側へ入っていった。
前回私が来た時と全く変化のない部室。
取り立てて目立つものといえば、二年の先輩の青い置き傘と共同PCくらい。
それもそうだろう。
現在私の所属している新聞部の部員は、たったの三人しかいない。
そのうちの一人は三年生で明言こそしていないが半引退状態で、名目上は新しい部長となっている二年生の先輩の顔はここ数か月くらい見ていなかった。
そんな退屈なほどに変わり映えのしない毎日に終わりが告げられるのは、本当に突然のことだった。
部室内に置いてある専用のPCを起動させ、校内新聞に掲載してある“新人新聞部員Tの毎日つれぇつれぇ日記”というブログ風コラムを埋めていく。
もちろんこの新人新聞部員Tとは私のことだ。
実際には新人とは言えない時期、立場になって来ている気がするがそこら辺はご愛敬。
そうやって日記感覚で記事を書き進めていた時のことだった。
めったに人の寄らない新聞部の部室の前に、ふと人影が近づくのを感じたのは。
次いで聴こえてくる、空洞に慣れきった箱の中の空気を震わせる硬質な音。
思わず私のキーボードを叩く手が止まり、視線が気配と音がした方向へ注がれる。
申し訳程度に一つだけ付いている窓から差し込む、穏やかな朝日。
その光に頼り切っていた私は、ここで初めて蛍光灯のスイッチを押してから、おそるおそる部室の扉を開く。
中庭と直接繋がっている廊下には誰の姿も見えず、もう耳に届くのは私の呼吸音と心音だけ。
何度か辺りを見回してから、そっと相談ボックスの中身をもう一度確認してみる。
来た時にはたしかに空だったはずの箱。
その中に今あるのは、一枚の紙きれ。
綺麗に折り畳まれたノート切れ端のようなものを取り出して広げてみると、そこには、“宮下聡が殺した”、と達筆な文字で書かれていた。
瞬間、私ははっと息を飲む。
その理由は書き記された物騒な内容ではなく、その文章そのものだった。
差出人の名前はない。
しかし私はその角ばった止め跳ねが特徴的な文字に、見覚えがあったのだ。
家が近所だったこともありとても仲の良かった小学校時代の幼馴染で、この高校での同級生でもある。
中学校に上がるタイミングで私が引っ越してしまったため、今はもう昔ほど親友といった間柄ではなくなってしまったが、それでも恵那の字体だと一目で分かった。
なぜ恵那がこんなメッセージを新聞部に届けたのだろう。
本人に直接訊いてみてみようかな。
でもわざわざ差出人の名前を書かなかったんだし止めた方がいいかな。
色々考えてはみたが私はその時に逡巡の答えを出すことはせず、問題を先送りにしてしまった。
彼女には会おうと思えばいつでも会える。
だからべつに急いで結論を出さなくてもいいだろうと思ったのだ。
しかし私が恵那にこの書置きについて直接尋ねることは結局なかった。
なぜなら私が彼女と言葉を交わすことは、もう二度と叶わないのだから。
十一月十三日の月曜の夜、見回りを行っていたとある教員によって東京都立白吾妻高等学校の女子生徒が一人、校内で意識不明の状態で倒れているのが発見されたらしい。
発見後すぐに女子生徒は病院に搬送されたが、間もなく死亡が確認されたという。
その亡くなった女子生徒の名は、日和恵那といった。
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