deimos02-02


 黒い霧は周囲を巻く風に遮られ、テューポーンの身体に触れそうにない。

 風で壁を作り、そのまま肉弾戦をするつもりのようだ。


 ――怪獣大決戦だなこりゃ。


 テューポーンが居れば、少なくともこちらへはそうそう攻撃されないだろう。

 ゼウスを負かした怪物の名は伊達ではないな。

 それに敵は渾敦フンドゥンだ。

 その特徴は、四凶について調べて判っている

 混沌を司る悪神で、動きは鈍く、あの黒い霧しか攻撃手段はないはずだ。

 但し、あの霧に触れると命ある者は混乱するはず。

 実際、ここは草原なのに、あの霧のある場所では枯れて地肌が見えている。

 先ほど俺の雷撃を防いでいるから、濃度が濃い場合は防御壁のような役目も果たすのだろう。


 しかし、あの霧の中でデイモスはどうして動けるのか?

 渾敦フンドゥンの意思次第で、影響する対象を変えられるのかもしれない。

 判らないことはまだまだあるけれど、気持ちに少し余裕ができた俺は、ネサレテに弓の準備をするよう伝える。


「黒い霧が晴れるか、薄くなったら渾敦フンドゥンに打ち込んでくれ。可能なら、あの後ろ側にある繭のような物体へも頼む」


 ベアトリーチェにも油断しないよう伝え、エリニュスに訊く。


「あの霧を、復讐の霧で吸い取ることはできるか?」

「濃度が薄くなれば可能かもしれんが、今のままでは無理だな。デイモスでも同じだが、我の霧は強力な力を持った対象を吸うことはできん」


 ああ、それは判っている。

 だからこそ、俺達がデイモスを弱らせなきゃいけないんだからな。

 あの黒い霧も、濃い状態では難しいということだけ判れば今は十分だ。

 渾敦フンドゥンの後ろにある繭のような物体は、残りの四凶……饕餮とうてつ窮奇チオンチ梼杌タオウーだろう。

 あれらが復活する前に、渾敦フンドゥンを倒したい。

 もしくは、隙さえあれば、悪神が復活する前に繭に矢を打ち込みたいところだ。

 

「エキドナの夫は凄いな」


 俺の横でテューポーンの様子を見守っているエキドナに声をかける。


「当然です。我が夫は悪神ごときに負けはしません」


 胸を張り自慢げに言うエキドナの表情は嬉しそうだ。

 いつもは俺への敵意が光る切れ長の瞳に笑みが浮かんでいる。

 こういうときにテューポーンを持ち上げて、ちょっとでもポイント稼いで、俺に向ける敵意を薄めておきたい。


 炎を纏わせた拳で、渾敦フンドゥンを殴りつけているテューポーン。

 そのまま倒してくれてもいいんだよ~と思いつつ、ネサレテに合図を出すタイミングを探っていた。


 だが伏羲ふくぎが教えてくれたのだ。

 テューポーンによって弱体化されたとしても、后羿こうげいの矢なしには四凶は倒せないはずだ。


 動きが遅いために、渾敦フンドゥンは一方的にテューポーンに殴られている。

 あの霧しか攻撃手段はないようだ。

 

 しかし、テューポーンは大物だな。

 俺なら「おらぁ!」とか叫びながら殴るに違いない。

 無言で、渾敦フンドゥンの動きを冷静に見て、急所を探しつつ攻撃しているようだ。

 一方的に攻撃しているのに油断を感じない。

 

 やっぱ怖いよね、テューポーン。


 やがて殴り倒されるというか、地面に叩きつけるように殴られて、渾敦フンドゥンが倒れる。

 霧が薄くなり、渾敦フンドゥンの後ろの繭も全てはっきりと見えるようになった。


「今だ! ネサレテ、四凶に矢を打ち込んでくれ!」


 俺の指示に応えて、ネサレテはゼウスの弓につがえた后羿こうげいの矢を渾敦フンドゥンに放った。

 そして矢継ぎ早に背後の繭へも矢を打ち込んだ。


 渾敦フンドゥンは苦しそうに暴れ、繭から感じていた禍々しい気も弱くなった。


 ……だが、この時、デイモスの姿が見えないことに俺は気付いていなかった。

 奴だけは、絶対に目を離してはいけなかったのにと俺は後悔することになる。

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