后羿(こうげい)の矢

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 伏羲ふくぎから、后羿こうげいの矢についての説明を受けた。

 后羿こうげいとは、射日神話や数多くの悪獣あくじゅうを倒した弓が上手な神。

 四凶を倒すには、后羿こうげいの矢が必要であり、黄泉よみの住人となった彼に遭う必要があるとのこと。

 黄泉よみは大地深きところにあるが、人が深く潜っただけでは辿り着けない。

 崑崙こんろんや天上界と同じように、人の住む世界とは異なる次元に存在する空間だという。


「ガイアに頼めば黄泉よみへも行けるぞ」

「冥府を治めているハーデス様ではなくてもいいのですか?」

「同業他社というのは神の世界でもライバルだ。そのようなことをハーデスに頼んでも無駄だな」


 うーん、信仰が薄れたせいで、亡者の奪い合いとかあるんかね?

 それとも冥府環境の善し悪しみたいなもので?

 ま、争いにならなきゃどうでもいいんだけどさ。


「ではガイア様に頼めば后羿こうげい様に会えるのですね?」

「大丈夫だろう。お前の準備が整い次第クロノスと黄泉へ行けば良い」

「では伏羲ふくぎ様。黄泉へ赴くこと、その後四凶と争うこと、伏羲ふくぎ様達が治める領域で行うことお許し下さい」

「良いぞ。他の神には我から伝えておこう。崑崙こんろんはこの件には余程の事情でも生じない限り不介入だ。……お前達の健闘を見守っているとしよう」

 

 それだけ言うと、伏羲ふくぎはスウッと姿を消した。


 崑崙を離れてわざわざ来てくれたのに、お礼らしいこともモテナシもできなかったな。

 全てを終えたら、改めてきちんとお礼しなくちゃいけない。


 どこのお大尽なんだか判らないような態度で、ソファにふんぞり返ってワインに舌鼓を打つゼウスを苦々しく感じる。

 だが、伏羲ふくぎと話をつけてくれたことには、素直に感謝しなくてはいけない。


「ゼウス様、伏羲ふくぎ様を連れて来て下さったことありがとうございます」

「フフフ……日頃他国の神々と交流してコネを作っているからな。いつも遊んでいるわけではないと理解するのだぞ」


 ワイングラスを回しながら、なんか偉そうなことを言ってる。

 呑みニケーションが大事と言う昭和のサラリーマンみたいだと思ったが、ま、黙っていよう。


「ではガイア様と連絡をとり、后羿こうげい様と会う準備に取りかかります」


 ヒュッポリテにワインを注がせながら、片手を振って「おう!頑張ってこい」というゼウスの姿はチャラい。

 ウール布を纏っていながらもピシッとしたヒュッポリテが、スナックのホステスのようにしか見えないじゃないか。

 

 ジョゼフ達と雑談しているため、この場には居ないヘラにお礼をとヒュッポリテに伝え、もう一度ゼウスに頭を下げて居間から去った。


 家に戻ると、皿に満たされたバーボンを、居間の床でペロペロと舐めているクロノスを見つける。


「戻ってきたか。それでどういうことになったのだ?」


 四凶のこと、后羿こうげいの矢が必要なこと、黄泉で后羿こうげいと会うことになったことなどを、クロノスに説明した。


「なるほどな。それでガイアと連絡をというわけか」

「……逃げるなよ?」

「今ではガイアともうまくやってるぞ」


 確かに、ガイアが訪問するたびに逃げ出すことはなくなったが、たまに隠れているからな。

 気まずい気持ちは残っているのだろう。

 皿のバーボンを舐め取り、こちらに目を向けているクロノスの尻尾は動いていないしねぇ。


「そうだといいんだけどな。とにかくだ。明日から黄泉へ行くことになるだろう」

 

 クロノスの前の床に座り、台所のネサレテに声をかけ、「皿にバーボンを注いであげて」と伝える。


「なんかさ? デイモスだけでなく、悪神まで倒すだなんてクロノスと会ったときはまったく想像もしていなかったよ」

「怖くなったか?」

「ああ、怖いさ。だって相手は神なんだぜ? 半神になったと言っても、アレス達から訓練されたと言ってもだ? 俺はもともと平凡なおっさんだった。デイモスだって今も怖いしな」

「案ずるな。お前には我もテューポーンもついている」

「駿介さん。私とベアトリーチェも居ますよ? 怖いのは一緒ですけれど、一人じゃありませんから」


 酒瓶を手にして、クロノスの横に座り、ネサレテが励ましてくれる。

 

「そうだな。でも、ネサレテとベアトリーチェまで戦いの場に連れて行きたくないんだよ」

「あら、私達は対等じゃないんですか?」

「そうなんだけどさ? やっぱり……戦いには、大事な奧さん達を連れていきたくないじゃないか」

「大事な旦那さまを一人で戦わせたくないですよ? 私達も、できることがあれば手助けしたいんです」


 俺にグラスを手渡し、バーボンを注ぎながらネサレテは微笑む。

 優しい奧さんに、頼りになる旦那だと思われたいよなぁ。


 ……ま、今は、できることを精一杯やるだけだ。




 ※ 后羿こうげい

 射日神話にあるように、十の太陽のうち九つを打ち落としたため神籍を外された弓の名手。

 太陽を減らしたせいで、神の一人の怒りを買い不老不死ではなくなる。

 そのせいで、弟子の逢蒙おうもうに殺されてしまうことになる。

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