family01-02


 翌日、神田優美と出かけたベアトリーチェの、どこかそわそわとした様子を微笑ましく、そして俺自身も落ち着かない気持ちで待っていた。

 そんな俺をクスクスと笑うネサレテに、少し気恥ずかしく思いながらクロノスと話していた。


 ニンフによる監視網を、一定以上の軍事力を持つ国の全てで展開し、その国の代表や政府要人の動きにおかしなところはないか常時監視する。

 その体制を作ろうと考えている。


 天上界で暇を持て余したニンフ達の間では、俺の依頼は地上界に堂々と出てこられる理由になるらしく、こちらで必要な頭数を揃えるのは難しくないらしい。

 ニンフ達は、人の目に映らないから、仲間と交代して暇な時間を作っては、現代世界を楽しんでいるとのこと。

 気に入った男性を天上界へ連れ去ったり、地上界でいたずらしないなら、存分に楽しんで貰って構わない。

 こちらの依頼をしっかりと果たしてくれさえすればいい。


 クロノスとの話の後、ミハイルを呼び、俺達が集めた情報をチェックしてもらう体制を作って欲しいと頼んだ。

 俺を監視している各国のエージェント達、特にミハイル等にニンフが集めた情報をチェックして貰い、やはりおかしな動きが見られないか確認したい。

 監視対象の人物の性格や嗜好、あと行動様式などは、彼らがデータを持っているはずだ。

 それらとチェックして貰い、違和感等があれば、監視の強度をあげる。

 具体的には、ガイアやエリニュスに診て貰い、非人間的な空気がないか確認して貰うのだ。


 デイモスの発見に必要なことは何でもしようと思っている。

 何かできることは他にないか、ミハイルと打ち合わせした後、自室でPCとにらみ合っていた。


「駿介さん、駒姫さん達がいらっしゃいました」


 ネサレテに返事をし、珍しいこともあるなと思っていた。

 駒姫達が、ベアトリーチェじゃなく、俺に直接会いに来ることなどこれまでなかった。

 過去へ向かうときも生活に関することも、まずベアトリーチェに相談し、その後に俺の所へ来るのが今までだった。


「いらっしゃい」


 居間に入り声をかけると、ソファからスッと立ち上がり、品良く礼をする駒姫とおさな。

 彼女達の正面の椅子に座ると、俺用の珈琲を置いてネサレテも横に座った。


「今日はどうしたのかな? 何か困ったことでもあった?」

「いえ……でも……今日はお願いに参りました」

「ああ、俺にできることなら協力するから何でも言ってくれ」

「……大学に行きたいんです……」

「ふむ。それはいいことだけど、何を学びたいのかな?」


 小中高と現代の学校機関に通っていない駒姫達を大学に通わせるのは、調べてみなければ具体的なことは判らないけれど、いろいろと手続きが面倒そうだ。

 だが、そこは何とでもなる。

 武田に頼んでもいいし、クロノスに駒姫達の個人情報をいじってもらってもいいからな。


 また、牧場へは様々な企業からの寄付が集まっているので、牧場運営面ではクロノスのズルに頼る範囲も狭くなってきた。

 だから、クロノスが稼ぐお金で大学に通わせるのも可能。


 問題は、何を学びたいのか、つまり、将来どのような仕事をしたいのかという点だ。


「歴史を学んで、そして本を書きたいんです」

「日本の歴史を大学で学びたいということかな?」

「他にも学びたいことはありますが、一番学びたいのは歴史です」

「本というと……小説?」

「小説と歴史書です」


 なるほど。

 生まれた時代と現代の、文化や価値観の違いに触れて、知識欲が刺激された。

 そして、駒姫の中に大勢に伝えたい何かが芽生えたのだろう。

 ルポライターを目指していた俺にも、その気持ちは判る気がした。


「おさなも、駒姫と同じかな?」

「私も大学へ行きたいです。でも目的は駒ちゃんと違って、獣医になりたいんです」

「獣医に?」

「はい。私はこれからもここで暮らしていきたいんです。でも今は、玖珂様に頼ってばかり……。だから獣医になって、この牧場で必要な人間になりたいんです」

「そんなこと気にすることはないのに……」


 だが、おさなの気持ちも判る。

 自分の居場所を自分で掴みたいのだ。

 ベアトリーチェや神田夫婦を見て、自分なりに目指す将来像を考えたんだろうな。

 俺が高校の時より、二人とも立派だ。


「……二人とも、俺の養子になるかい?」


 二人を養子にするのは以前から考えていたことだ。

 この牧場の外で生きるとなると、家族の存在は必ず必要になる。

 ただ、駒姫からは最上、おさなからは武藤という名字を奪うことになり、家名を重んじていた時代の二人には辛いことなのではないかと言い出すのを躊躇ためらっていた。


 だが、この牧場の外へ出ると、親や姉妹について触れられる機会が増える。

 当たり前に存在するはずのものが無い者は、差別されたり排除されたりすることもある。

 社会という集団では、つまらないことで不利益を被る機会があるのは、昔も今も変わらない。

 

 駒姫とおさなの二人には、予想外の申し出だったらしく、キョトンとしている。

 

「二人が生まれた時代とは違うけれど、家というより家族の有無はこの時代でも大事なんだ……」

「私じゃ母というより姉のようなものだけどね」


 二十四歳のネサレテには、十七歳と十六歳の妹のようなものだろう。

 二人にとっては、ネサレテもベアトリーチェも母というには確かに若すぎる。

 あ、でも、若い後妻や側室を持っても不思議じゃない時代の子達だから、おかしいとは思わないのだろうな。

 

 俺とネサレテの言葉、そして様子を見たあと、二人は顔を見合わせてから疑問を口にした。


「それでよろしいのでしょうか?」

「養子でいいのでしょうか?」

「どういうことだい?」

「側室になれと言われても当然だと思っていたので……」

「私もなんです……」


 ちょっと待て!

 俺が、いくら美人が好きで、若い女性も嫌いじゃないといってもだな。

 ネサレテだけでも十分満足している上に、ベアトリーチェまでそばに居てくれるのに、ティーンエージャーを側室にしようとはまったく思わない。

 そんなこと考えたことも無かった。


「……あ……ははは……そんなつもりは無いよ。この時代に連れてきたのは俺だ。だから二人には責任があるんだよ。二人がこの時代で幸せを掴むために必要なことなら何でも協力するさ」


「では……養子にしていただけますか?」

「私もお願いいたします」


 二人は立ち、深々と頭を下げた。

 ここに連れてきたときから、子供のようなものと考えていたから、そんなに気にする必要は無いのにね。


 ……二人は、この日から玖珂の名字を名乗り、俺とネサレテの養子になる。

 玖珂駒姫と玖珂さな……になるんだ。

 養子関係と大学へ行くために必要な行政関係の面倒な手続きは、クロノスにいじって貰ってもいいし、武田にやらせてもいい。


 大学受験は実力でクリアして貰うつもりだけどし、まず、高等学校卒業程度認定試験(高卒認定)を受けて合格して貰わなきゃならない。

 現在来て貰っている講師の他にも教師役を探し、二人に教えて貰う必要があるな。

 今の講師には、中学卒業程度までの勉強と現代日本の常識を、駒姫達だけでなくジョゼフとシャルルにアレクセイにも教えて貰っている。

 高校卒業資格程度まではさすがに大変だろうからな。


 ベアトリーチェの懐妊がはっきりするまえに、俺とネサレテには二人の子供ができた。

 一人はお淑やかなモデル並みの美しい女の子で、もう一人は活発で可愛らしい女の子。


 だからといって浮かれてはいられない。

 デイモスの件を早く片付けて、二人が安心して暮らせるように頑張らねば。

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