family01-03


 二人を養子にすると決めたからには、これまでのように牧場の寮に住ませているわけにはいかない。

 牧場内で生活しているんだ。

 家族なのだから、同じ家で一緒に住む方が自然だろう。

 となると、ヘラの家のように部屋数が多いわけじゃないから、増築しなくてはならない。

 駒姫達は、クロノスや神々のことを既に知っているから、殊更気を遣わなくていいのは楽だ。


 業者に連絡して、増築の手配を進める。

 家が完成するまでは、二人にはこれまで通り寮で暮らして貰おう。


 ……おかしなもので。

 これまでも自分の娘のような気持ちで、駒姫達と接してきたつもりだ。

 近づくバイトの男子学生の動きには目を光らせてきたし、外出先で美味しそうなお菓子や、お洒落なアクセサリーを見つけると買って帰ってきたものだ。服は一緒に行って選んで貰うか、それともベアトリーチェと共に行って買って貰うようにしていたけどさ。

 ま、とにかくこれまでも娘のような気持ちで可愛いと感じていたんだ。


 だが、いざ養子という形で表向きでも自分の娘と名乗れるようになって、理由は判らないけれど、とても嬉しい気持ちになっている。

 「嬉しそうですね?」とニヤニヤするネサレテにも素直に頷ける。

 行政上必要な事務的手続きの上での話に過ぎないはずなんだけどな。


 俺の家族。

 この言葉がくすぐったい。

 そしてとにかく愛おしい。

 

 ――俺は寂しかったのかな? 


 そんなことすら思ってしまうほど、嬉しかった。

 まだまだ頭が痛い問題が残っているというのに、浮かれてしまいそうな自分がおかしかった。


「随分機嫌がいいな。玄関の扉が開いていたので、入ってきたぞ」


 ヘラが、ヒュッポリテとは別の女神を連れて、駒姫達が帰ったあともソファに座っていた俺に声をかけた。


「ヘラ様もよくご存じの駒姫ちゃんとおさなちゃんが、私達の養子になったので、駿介さんは嬉しいみたいです」

「ほう。妻や愛人ではなく、娘になったのを喜んでいるのか」


 俺をにこやかにチラ見してネサレテが説明すると、濃い白銀色の瞳を少しだけ大きく開いてヘラは驚いているようだった。

 

「いいじゃないですか。嬉しいんだから喜んでも構わないでしょう?」


 ソファから立ち上がって、正面のソファへ促す。

 ヘラ達のために何か飲み物を用意しようと、ネサレテは台所へ向かった。


「うむ。正妻ネサレテが良いと言ったとしてもだな、ベアトリーチェの他の女性に手を付けてはいかんぞ。そのようなことを試みたら……判ってるな?」

「そんな気持ちはありませんよ。そう威嚇しないでください。それで、何かご用ですか?」


 家の外に出るときは、ドレスのような服装のヘラ。

 牧場の来場者の目を意識してるのは明らかで、両肩から胸にかけて大きく開いた、空色基調の華やかなドレス。

 いつもながら牧場で過ごす女性の格好ではない。


 ヘラが連れてきた女性は、ピンク色のワンピースを纏い、微笑むと出るエクボが可愛らしい。

 どのみち女神の誰かなのだろうけれど、威光すら感じさせるヘラとは違い、柔らかい雰囲気を持っている。

 見た目だけの年齢で言えば、ヘラよりかなり若い……ネサレテと同じ世代のようだ。


「連れてきたのは、ヘーベー。半神のうちで唯一人ただひとり神の座についたヘラクレスの妻で、私の娘だ」


 ヘラクレスのことは調べた。

 半神は幾人か居るけれど、神になったのはヘラクレスだけだから、俺の将来がどうなるか知りたかったのだ。


 そしてヘーベーのことも、当然知っている。

 神になる前は散々意地悪したヘラクレスとの和解の証として、可愛がっていたヘーベーを妻として与えた。

 ちょっと癖がある濃いブラウンの髪が白い額にかかり、悪戯っ子のような光ある瞳と相まって、見た目より幼さを感じさせる女神だ。


 俺はヘーベーに自己紹介した。


「えーと、ヘラ様のところへ遊びにいらしたとか?」

「初めまして、ヘラクレスの妻ヘーベーです。今日は、あなたに興味を抱いている夫から、玖珂駿介さんはどういう方なのか見てくるよう言いつかって参りましたの」

「それは……私が半神だからでしょうか?」

「それが第一の理由ですわ。そして、挑戦の神となったヘラクレスは、ゼウス様からの依頼をこなそうとしている玖珂さんに共感しているのです」


 ヘラクレスが神となったのは知っていたが、何を司っているのかまでは知らなかった。

 挑戦を司っていたのか……なるほどねぇ。

 様々な試練をこなしたからなのだろう。


「私を見ると言われましても、今はちょうど情報待ちしているところなので、そこらに普通に居る人間とさして変わりはないと思うのですが……」

「その辺りはお気になさらないでください。数日、ヘラ様おかあさまの家に滞在し、玖珂さんの様子を見させていただきます。ですので、私を怪しむことのないようにご挨拶にきたんです」

「は……はあ……。それで、その、合格とか不合格みたいな判断はあるんでしょうか?」


 俺の言葉を聞いたヘーベーは、ほっそりとした綺麗な手を口元に寄せてクスクスと笑う。


「まったくこの愚か者めが……。ゼウスと我の養子となったお前を、ヘラクレスやヘーベーが良い悪いと言えるわけはなかろう。ヘラクレスはお前に何が必要なのか、そして手助けできるとすれば何かを知りたいのだ。そのためにヘーベーを遣わしたのだ」


 デキの悪い息子というのは、どうしてこうも我を苛つかせるのか……と、ブツブツ言いながらヘラは睨んでいる。


 ちょっと待て!

 俺の意思など無視して、ゼウスは神の血を飲ませ、ヘラは母乳を飲ませ、そして否応なしに養子にして、親のような態度でいるくせにデキの悪い息子とかいいやがって、それって神としてどうなのよ?

 離婚後に長期休暇とって、傷ついたマイハートを癒やすためにギリシャに旅行し、その結果、半神にさせられてギガース退治なんていう無茶を振られた……そんなおっさんの辛さが判るのか?


 いくら超絶に美しい女神ヘラでも、そんなこと言っていいと思っているのか!!


 ……と言いたいが、感情垂れ流すだけの若造とは違うのだよ。

 〇〇とは違う、〇〇とは違うのだよ……と、心のモニターに映る懐かしアニメを慰めにして、ヘラの態度を堪える。

 刃の下に心を置いて忍ぶのだ!


「不満があるのか?」


 いつものように俺の感情の動きを感じているようだ。


「ヘラ様。駿介さんをそんなに虐めないであげてください」


 飲み物をトレーから女神達の前に置くネサレテが、俺をかばってくれた。

 愛してる、愛してるよ~~!

 この場でネサレテに抱きつきたい気持ちを抑えて、心の中で全力投げキッスしていたのは言うまでも無い。


「まあ良い。ヘーベーが来たのはもう一つ用が……我の頼みで来たのだ」

「はあ、それは?」

「ジョゼフとシャルルのことだ」


 睨んでいた目が穏やかに変わった。


 ――ジョゼフとシャルルに何か問題でも起きたのか?


 俺はヘラからの説明を待った。

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