anger01-02

 武田、ライト、ミハイルの三名に俺は鈴木絵美誘拐の件を報告し、民族解放人民戦線に関する情報は全て欲しいと要求した。

 特に、ミハイルにはこうも付け加えた。


「民族解放人民戦線には、R国の機関のどれかが関係しているのだろうけれど、私がこれからすることを邪魔するなと、邪魔をするなら報復すると伝えて欲しい」

「それは間接的にでも構いませんよね?」


 それはもちろんだ。

 俺の意思が伝われば良いんだ。

 ミハイルが国内の別組織から敵視されるような状況を望んでいるわけではない。

 組織には聞こえる、信憑性の高い噂として流そうと全然構わない。


「任せる。R国以外の国の機関に流れても構わない」

「わかりました。お任せ下さい」


 武田達三名は了承してくれた。

 彼らが帰ったあと、俺は羽田梨奈を呼び出して伝える。

 彼女のところへ行くと、駒姫達が居るかもしれない。

 俺の私事で余計な心配かけたくない。

 

「民族解放人民戦線に関する情報を全て渡して欲しい。何から何までだ」

「……ついに動くのね」

「ああ、今回は相手の出方を待つつもりは無い。こっちから出向いて潰す」

「いいわ。あとでUSBメモリを渡す。いずれ必要になると思ってまとめていたの」

「それは助かる。頼むよ。……奴らを潰してしまえば、あなたもこの牧場で暮らす必要なくなるな」

「追い出したいの?」

「そんなことはない。居てくれるととても助かる。だが、必要に迫られてここで暮らすことになったんだし、他にやりたいこともあるだろうしな」

「変なことを気にするのね。私はここで復讐以外の生き方を探してる最中なの。もし、他にやりたいことができたら、その時はちゃんと話すから、いらぬ気遣いは無用よ」

「判った。その時は相談に乗る」


 「じゃ、すぐ戻るわ」と言って居間を出て行く彼女を見送り、俺はクロノスを探す。

 最近、駒姫達や他のペット達との運動に楽しみを見つけたらしいから、午前中は、放牧場で遊んでいるはず。


 家を出て放牧場を見ると、やはりペット集団を引き連れて駆けるミニチュアダックスの姿が見えた。


「おーい、クロノス、頼みがある。戻ってきてくれ」


 俺の声が聞こえたのか、一心不乱にこちらに駆けてくる。

 その後ろをペット達も大勢ついて走ってくる。

 どうしたらいいかと考えていたら、クロノスは柵をジャンプして飛び越えてきた。

 おいおい、他のペット達が真似したらどうするんだ? と、ふと思ったけれど、俺の背丈の倍以上もある柵の高さを見て、それはないなとクロノスを注意するのはやめた。


「どうした? 何かあったか?」

「ああ、家の中で話そう」


 前妻がテロリストに誘拐された事情をクロノスに説明する。

 救出するつもりでいること、その後は武田達の動きを待たずに、俺自身が積極的に民族解放人民戦線を潰しにいくつもりだと伝えた。


「その方がいいと我も考えるな。デイモスのことを除くと、難しくない話だしな」

「難しくない?」

「ああ、駿介を襲おうとしたテロリストはC国に戻ったであろう? その後の足取りを追えばいいだけだからな」

「いや、言うのは簡単だけど、実際にやるのは難しいんじゃないのか?」

「人間には難しいのかもしれないな」

「クロノスなら簡単だと?」

「我だけでも可能だが、神々の力を借りれば更に簡単にできる」

「どうやって?」

「以前、この牧場を天上界に移動する……という話をしただろう?」

「ああ、だがそれがここで何の関係が?」

「その際、ニンフの話が出たのを覚えているか?」

「精霊……だろ?」

「そうだ。自然から生まれる精霊は、その存在が生まれる元となった自然の力を借りられるのだ」

「よく判らないな。もっと具体的に教えてくれ」

「犯人が道を歩けば、その姿を鳥は見ることができる。木々が生えているところなら草木が、水があるところならば水が、それぞれを元にして生まれたニンフがいる」

「そうなるな」

「姿が判っている犯人を追いかけるだけなら、自然に触れたモノを把握できるニンフの力を借りればすぐ判るということだ。ゼウスが一言動けと指示すれば即座に動くぞ? 奴ら暇しているからな」

「だが、そいつらが組織の中枢と接触するとは限らないじゃないか」

「ああ、そうだ、下っ端ならそうなるな。だが、組織の誰かとは必ず接触するだろう?」

「直接じゃなく、ネットなどの通信手段で接触する可能性が高いと思うが……」

「我を誰だと思っている? 時間だけではなく空間の神だぞ?」

「え? まさか? 電子ネットワークも空間として……」

「グハハハハハハ、崇めろ! 敬え! そして旨い酒をもっと寄越せ! その通りだ。ネットの株取引しながら既にネットワーク環境は把握し何から何まで思うがままだ。セキュリティとやらなど、自動ドアと変わらぬ程度の障害だ!」


 まさかネットワーク環境まで空間として扱えるとは思いもしなかった。

 だって、現実的な空間じゃなく仮想空間だぜ?

 そんなものまでとして扱えるとは想像もしていなかった。

 言ってることは凄いし、本気で敬ってしまう。


 だが、目の前で偉そうなことを言っているのは、ベロを口先から垂らしているミニチュアダックス。

 つい抱きかかえて、頬をすり寄せながらよーし・よし・よしと腹を撫でてしまうのだ。


「なぁ? 前にも聞いたから判ってるつもりなんだけど、そんなに凄いのにどうしてゼウスに勝てなかったんだ?」


 もう慣れたのか、腹を撫でられていても抵抗しない。


「我の力は、神には通じないからな」

「それは判るんだが……じゃあ、どうしてゼウスの前の絶対神になれたんだ?」

「万物を切り裂くアダマスの鎌でウラノスを倒して権力を手に入れたからな」

「つまり、神々の世界では、権力の継承って前権力者を倒したかどうかで起きるのか?」

「そうだ。そういうことわりでもなければ、神々同士で頻繁に戦うことになるだろう。そのような混乱カオスは神々も望んでいない」

「ということは、ゼウスが一番強いというわけじゃないってことか?」

「理屈ではそうなるな。だが、実際のゼウスは強い。アレに勝てる神などそうはいない。

 それにだ。秩序を望む神々はゼウスの味方をするだろう。

 ゼウスの秩序を嫌った原初神ガイアはテューポーンを生み出してまで争ったが、結局敗北したしな。ガイアはあれでも原初神だ。ゼウスの配下に入っていない神族を指揮できる。にも関わらず負けたのだ。

 そう簡単にゼウスに反旗をひるがえす者など居ないだろうよ」


 あの不良中年の去勢神ゼウスの顔を思い出すと、どうも絶対神として敬いづらい。

 ま、半神としての俺の親だし、強い親というのは頼もしいからいいんだけどな。

 考えてみたら、ゼウスが父でへラが母、二人の力を借りられて、クロノスが相棒な俺って、人間界で最強なんじゃねぇ?

 世界征服なんか考えたらゼウスとへラから死ぬ目に遭わされそうだし、ギリシャ神話の神だけが神じゃないし、そんな面倒なこと考えないけれど、これからのことを考えると気持ちが少しだけ楽になった。


「そうか。よく判った。じゃあ、前妻を救出した後、民族解放人民戦線の調査はクロノスがニンフと協力してやってくれるか? 俺はゼウスにニンフの協力を頼んでくる」

「良いぞ。任せておけ。我が直接手を下してみたい気もするが、ギガースの力を手に入れたデイモスが出てくると逃げてくるしかないしな」

「デイモスは俺がやるさ。こうしてクロノスやニンフ達の力を借りられるんだ。俺も頑張るさ。ゼウスの件もあるんで、後でへラのところにも行ってくる」

「では、ニンフの力を借りられるようになったら教えてくれ。我も動き出そう」


 俺の腕から飛び降り、再び、放牧場へクロノスは向かう。

 想像以上に凄い力を持つクロノスだが、やはり駒姫達若い女性やペット達と遊びたいようだ。

 

 ――凄いんだか、凄くないんだか、ホント判らない。頼りになるのは間違いないんだが……。


 フリフリと尻尾を振って歩き去るクロノスを、苦笑しながら俺は見ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る