半神怒る
anger01-01
俺には兄弟はいない。
その両親も、親父は癌で、母親は心臓疾患で既に亡くなっている。
だから俺の家族はこの牧場にしかいない。
……そう、俺が守るべき相手はここにしかいないと思っていたんだ。
・・・・・
・・・
・
羽田梨奈を救出し、C国の軍事施設を埋めてから三ヶ月ほど経った。
この頃、悲劇からの救出などせずに、歴史上のイベントを生で観たいと考えていたんだ。
まだまだ救出したい人物はいる。
例えば、ルキウス・アエリウス・セイヤヌスの娘アエリアやヒュパティアは絶対に救いたいと思っている。
だけど、救出など考えずに観てみたい有名な史実イベントもたくさんある。
イッソスの戦い、カンネーの戦い、赤壁の戦い、有名な戦争だったら何でも観てみたい。
大勢の人間が命を賭けている場面を鑑賞するなど不謹慎だと思うが、やはり観たいんだ。
また、江戸城明け渡しの場面や、グルベンキアンが赤線協定の合意をまとめる話、王昭君が匈奴に連れて行かれることとなった場面などの、史上有名な場面は観てみたい。
もし俺が歴史の研究者だったなら、資料が残っていない史実の事実を知りたいと考えただろう。
しかし、個人的な知識欲や単なる興味本位レベルを越えない欲求しか俺は持っていない。
だいたい、全てが明らかになってはつまらんではないか。
想像が入り込む隙間があるから、歴史は楽しいんじゃないのかと勝手な理由をつけている。
ま、要は、世界のためだとか学術上の有益さなんていう面倒なことは知らんと言いたいだけだ。
真実の追究なんてもモノに興味ないしね。
牧場での仕事を調整し、ネサレテやベアトリーチェ、駒姫達とそれぞれと史実イベントを観に行こうと計画していた時、一通の手紙が届く。
こいつのおかげで計画を変更しなくちゃいけなくなった。
『鈴木絵美を預かっている。玖珂駿介とその妻ネサレテは指定した日時に……』
誘拐された鈴木絵美とは、俺の前妻。
俺とネサレテに来るよう指示が書かれた、場所と時間が記された紙と、彼女が拘束されている様子の写真が同封されていた。
「……どうやら……どうしても俺を怒らせたいらしいな……」
前妻のことはネサレテとベアトリーチェには話していたから、鈴木絵美という名を聞いて、二人は事情を察したように強ばっている。
離婚し、今では何の連絡もとっていない。
俺達の間には子供もいないし、公式的には赤の他人だ。
だが、奴らは俺の性格を調べ、その上で鈴木絵美を人質にするのは有効と考えたんだろう。
ああ、俺は彼女を見捨てられない。
俺と婚姻関係にあったというだけで攫われたんだ。
この誘拐には無関係と俺は言い切れない。
「駿介、助けるんでしょ?」
「ああ、ベアトリーチェも判るだろ? 許せないだろ?」
「ええ、許すつもりはないわね」
ベアトリーチェは大きく頷く。
「駿介さん、どうするのですか?」
「武田達や羽田梨奈の持つネットワークを総動員して貰う」
「その後は?」
「これまで、ライトとミハイルからの情報を待っていたけれど、もう待たない。ゼウスやガイア達にも力を借りて、デイモスと民族解放人民戦線を倒す」
「こちらから攻撃するということですか?」
「ああ、俺が間違っていたよ。テロリスト達はデイモスに利用されている人間だ。だから、俺自身はできるだけ前に出ないで、専門の組織に任せておこうと考えていた。だが……」
「そうですね。……判りました。へラ様達にも協力をお願いしてきます」
「ああ、頼む」と伝えると、ネサレテはへラの家へ向かった。
「今度は、私も一緒に戦うつもり」
「いや、ダメだ。この件で牧場を離れるのは俺とクロノスだけでいい。クロノスが離れたら、へラ達神々の姿は、半神であるネサレテとベアトリーチェにしか見えない。この牧場でも何か異変が起きたとき、ベアトリーチェにはへラ達との連絡役や調整役を務めてもらわなければならない。ネサレテは俺と一緒にデイモス退治に力を貸して貰わなければならないから、すまんが、ベアトリーチェには残って貰いたい」
「……仕方ないわね。デイモスとの戦いを経験しているネサレテが一緒の方がいいだろうし……」
「すまないな」と言うと、頬に唇をあててきた。
柔らかく温かい感触を残してすぐ離し、
「ううん、駒姫達のことも牧場のことも私が守るわ」
「ああ、頼りにしているよ」
微笑んで、どこかで遊んでいるクロノスを探しに俺の側から去って行った。
ネサレテとベアトリーチェのおかげで少し気持ちが落ち着いているけれど、俺の怒りはまだ収まってはいない。
――徹底的にやってやるからな……覚えていろ……。
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