deimos01-02


 俺とネサレテはクロノスの転移でT国へ来ている。

 ネサレテのことはクロノスが守ることとし、ベアトリーチェ達が残る牧場の守りをへラとヒュッポリテに頼んだ。

 アマゾネス時代の血が騒ぐのか、ヒュッポリテは最後までネサレテを守るために付いてくると言い張っていた。


 だが、駒姫達は、俺やネサレテのような半神ではない。

 万が一守る必要が出た際、ほうぼうに目配りする必要があり、大変なのは牧場側だと説明し、へラもそうだなと同意してくれたので、ヒュッポリテも最後は納得してくれた。


 狭い平野に置かれたT国の首都オズラールは、険しい山々を背景に静かに佇んでいた。

 戦争仕掛けた国の首都とは思えない静かさ。


 街並みは、発展途上国にありがちな雰囲気で、石造りと木造、コンクリート造りが混じり雑然としている。

 街の外からでも屋根が見える宮殿のような建物だけが立派で、砂埃舞う灰色の街に似合わない姿を晒していた。


「なあ? あそこにデイモスが居るのかな?」


 宮殿に向かいながら街並みを確認し、首都にも関わらず人気ひとけがあまりない通りを歩く。

 クロノスの転移で直接宮殿内に侵入してもいいのだが、オズラールの様子を確認しておきたくて、こうして近づいている。


「だろうな。ガイアもゼウスもあそこに負の感情が集まっているのを確認している。一時期感じられなかったギガースの波動も感じられているらしいからな。間違いないだろう」


 ネサレテに抱きかかえられてるミニチュアダックスクロノスが断言する。


「そういや、俺達が戦いに突入したらアレス達が援護に来るという話だけど、クロノスと同じように転移でもするのか?」

「いや、そうではあるまい。天上界からの出口をあの宮殿内に開くのだろう」

「早く来てくれないと困るぜ。俺達は武器も持ってきていないんだからな」


 敵が取り憑いているのは、曲がりなりにも神族の肉体。

 その力がどの程度のものなのか判らない俺が不安になっても仕方ないだろう。

 ネサレテも居るんだ。サポートしてくれるならしっかりしてくれないと困るんだよ。


 俺より落ち着いた様子で、横を歩くネサレテの真剣で美しい顔を見る。


 こういう時に、その人の器って判るんだろう。

 俺よりネサレテの方が、確実に肝が据わっている。

 愛想尽かされないよう、恥ずかしくない旦那でいなければな。


 宮殿内の見取り図は、ネット上で見つけて確認している。

 まず目指すは、庭園。

 そこから、負の感情を強く感じる場所まで移動する。


「さあ、始めるか。簡単に終わってくれるといいのだけれど……」


・・・・・

・・・


 宮殿内に転移した途端、横にアレスが現れた。


「あれ? アレスだけか?」

「いや、アテナもアルテミスも来る。あとはエリニュスもだ」

「エリニュス?」

「そうだ。俺達にはデイモスを浄化できない。だが、エリニュスはデイモスを食うことができる。負の感情を食って力に変えられるんだ。弱ったらだけどな」

「つまり、俺の役目はデイモスが取り憑いたギガースを弱らせることか」

「そういうことだ。せいぜい弱らせてくれ。悔しいが、俺達が手を出すとギガースは神力を吸収して元気になっちまう。まったく冗談じゃないぜ。……だから他は任せろ。人間を殺しはしないが、おまえの邪魔はできない程度には痛めつけておくさ」


 喧嘩好きのアレスが、強く口を噛んでいる。

 手を出せないことが悔しいのだろう。


「それで、俺とネサレテの武器は?」

「ああ、これだ」


 背負っていた袋を開いて、中から杖と弓をアレスは取り出す。

 両方とも立派な装飾が施されていた。

 杖を俺に、ネサレテには弓と矢筒を渡す。


「この杖と弓は、ゼウスおやじが特注でヘパイストスに作らせた。おまえ達専用の武器と受け取っていいそうだ」

「俺のは剣じゃないのか。ずっと剣を訓練してきたからな。てっきり……」

「その杖はな。親父の力が込められていて、雷撃が出るんだ。俺が身をもって体験させられたから、その威力は保証してもいい。まったく俺で試し打ちしやがって、親父の奴め……」


 苦笑してるくらいだから、ダメージは残っていない様子。

 アレスの頑丈さはよく判ってる。

 訓練で身に染みているからな。


 身体能力こそ人間離れしているけれど、敵もギガースの身体を手に入れて同じようなもんだ。

 魔法みたいな力を使えない俺にとって、飛び道具を手に入れられたのはありがたい。

 

「それで、どうやって使えば良いんだ?」

「念じろ。空から注ぐ雷をイメージして杖を敵に向ければいい。それで雷撃が放たれる」

「ぶっつけ本番で言われても困るんだよなあ」


 ブツブツ文句言っていると、ネサレテが弓筒を背負い、弓を構えて感触を確かめている。

 こんな時だが、俺の嫁さんに武器を持たせると壮絶な美しさに凜々しさが加わって、つい見とれてしまう。


「ネサレテの弓にも何か仕掛けが?」

「あるぞ。ある意味おまえの雷撃より恐ろしいモノがな」

「何だそれ、はっきり言えよ」

「神罰だ。射られた者の罪が深いほど、その効果は強く出る。また、ネサレテの神化の度合いが強まるに連れ、現れる神罰は異なる。今は、せいぜい高熱で焼く程度だろうが、最終的には敵を石化し絶命させ、冥府へ送ることも可能になる」

「神化って進行するものなのか?」

「ああ、そうだ」

「それってどういう……」

「そのうち教えてやる。今は時間がない」


 気になったが、敵地でのんびりしているわけにはいかないのも確かだ。

 今この時も戦争は続いている。

 この戦争の裏にデイモスが居るらしいのだから、それを何とかするのが優先する。

 ああ、確かに時間はないな。


「そうだな。では先に進むとするか……」


 負の感情が強く感じられるとアレスが指示する方角へ、宮殿内を進んだ。

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