Gaea01-07


 女王様ヘラが我が家にやってきてしまった。


 ヘラの庭での話が終わった時の、ゼウスのパァッと輝く嬉しそうな顔と、この世の終わりみたいなクロノスの表情が印象的だった。

 まったく不良中年ゼウスには腹が立つ。

 あの去勢神は、ヘラからのプレッシャーが減り、そりゃ気が楽になっただろうけれど、こっちはたまったものではない。


 クロノスには俺と共に苦労を分かち合って貰おう。

 こうなった原因の大本は、クロノスの願いを聞いたせいだからな。


 さてと、ガイアに報告しなければならないな。

 ガイアから渡された金のブローチを、机の引き出しから取り出して握る。

 言われたようにガイアへ念を送ると反応があった。


「これからそちらへ伺います。お話はその時詳しくお願いします」

「あ、それはマズイ……」


 大事なことを伝えようとしたが、途中でガイアからの反応が切れてしまった。

 気が早い人だ。


 ここにはもうヘラが居る。

 住居用の建物が完成するまでは、我が家の客室で過ごすと言って、ヒュッポリテを連れてもう来ているんだ。


 ――頼むよ? ……我が家で嫁姑大戦など起きませんように。


 俺は祈らずにいられなかった。


・・・・・

・・・


 どこで俺からの念を受け取ったのか知らないが、十分後にガイアが訪ねてきた。

 ほんと気が早い。

 こちらにも事情があるくらい察して、せめて一時間後くらいに来て欲しいものだ。

 まあ、ギガースガイアの子の将来がかかった話だから、気が急くのも判る。


 出迎えたネサレテと共に、居間へ入ってくるガイアの表情は先日会ったときより明るかった。

 明るいグレンチェックのスーツが、息子の学校での成績を訊きに来たのようで微笑ましい。

 頑固で面倒な方だけど、俺、この方嫌いじゃないんだ。

  

「さあ、教えて下さい。ゼウスは何と?」

 

 ソファに座るやいなや、挨拶も抜きに訊いてくる。

 慌てる必要ないのに慌てているように感じて、苦笑しそうになった。

 母だからなのか、原初神の威厳はまったく感じない。


 そんなに急いで知りたいならと、早速説明した。


 ギガースの復活は邪魔しないとなったこと。

 もし、テューポーンを復活させた場合、俺が倒す約束をしたこと。


 ヘラとのやり取りは話さずに端的にこの二点を伝える。


「まあ! あなたがテューポーンを倒すですって?」

「はい。何故かそういうことに……」


 でもいいのかな?

 テューポーンだってガイアが生み出した怪物なんだよな。

 親に、あなたの子は俺が倒すことになりましたなんて言ってるんだよ。

 普通は怒るだろうと、ガイアの反応を待つ。


「玖珂駿介さん……あなた……そうなのね、ヘラの……判ったわ。私もあなたにお約束しましょう。テューポーンが復活し暴れそうになった時は、私もあなたに力をお貸ししましょう。あと……復活したギガースは、私の世界で暮らし、その他の世界に出て行かないようにしますね」


 ガイアの世界とはどこなのか知らないけれど、ゼウス達神々や人間界に影響がないならそれでいい。

 

「ありがとうございます。玖珂さんのおかげで心配が一つ減りました。このお礼は必ずします。……ああ、そうでした。あなたのについてですが、現在程度であればという条件付きで様子見させていただきます。いいですか? これはあなたへのお礼とは別です。この世のことわりに反しているのは事実なのです。ですが、乱そうとしているわけではないのも確か。十分に気をつけてくださいね」


 おお、思っていたより原理主義者じゃなかったのか。

 これは反省しなければならないな。


「こちらもお礼を言います。ガイア様のご注意を必ず守ります」


 話が綺麗にまとまったなと安心したその時、背後から怖いお方の声がした。


「あら? ガイア、来ていたのね」

「お久しぶりね、ヘラ。お元気そうで何よりだわ」

ゼウスだけでなく息子駿介まで、あなたの思うようにしたいのかしら?」

「何を言ってるのか判らないわ? ギガースの件でお礼をしているだけよ」


 急に頭を抱きかかえられ、ヘラの声が間近から聞こえる。

 柔らかく、温かく、とても良い香りなのだが、とっても怖い。


「駿介は私の養子になったのです。あなたの好きにはさせないわ」

「やはり……先日会った時とは違う力を感じたのはそういうことなのね」

「ええ、私の母乳を飲ませました。それがどういうことかお判りですよね」


 俺から離れたヘラは、ガイアの真横まで歩き見下ろしている。


「……ヘラ。玖珂さんは、あなたの所有物ではないのですよ?」

「ええ、それは判っています。私の意のままにしようなどと考えてませんわ」

「でしたら良いのです。あなたの母乳を飲んだのでしたら、玖珂さんはあなたの命令に逆らえない。それが不死の肉体を与えられる条件ですものね」


 え?

 ヘラの命令に逆らえない?

 何それ、聞いていないんだけど……。


「ゼウスからも、駿介への命令は禁じられておりますし、誓約して参りました。ご心配には及びませんわ」


 知らないところで、俺に関係する大事な話をしないで欲しいんだが。

 そんな大事なこと、クロノスも教えてくれないしなあ。

 あいつは神に関係することには本当に頼りない。


「ガイア。ギガースのことは駿介の気持ちに免じて認めました。ですがテューポーンは別ですからね」

「判ってるわ。そのことも玖珂さんにお約束しました。ヘラの心配は不要よ」


 お互いの口調がどんどんキツくなっている。

 そろそろ何とかしないと……と心配していたら、ガイアが席を立った。


「今日は玖珂さんからお話を伺いに来ただけ。ヘラ、あなたと争いに来たわけじゃないの」

「私もガイアと争いたいわけではないわ」

「今日はこれで帰ります。ヘラ、また会いましょう。玖珂さん、あなたとも長いお付き合いになりそうです。今後も宜しくお願いしますね」


 俺達に微笑んで一礼し、玄関へ歩いて行く。

 その後ろをネサレテが付き従い、俺も立ち上がり追いかけた。


「ヒュッポリテ! 温かいミルクをお願い」


 背後からヘラの声が聞えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る