liberation02-02


 最上屋敷があった、京都の桃山最上町に来ている。

 ここで処刑当日まで、駒姫は座敷牢に入れられていたのだが、今では屋敷はなく、当時の面影は町名にしか残っていない。


 何の罪もないのに、十五歳の娘が翌日には斬首されるのを待つ気持ちはどのようなものであったか、俺にはとても想像できない。


 現場の様子には当時を思わせるものは何もない。

 だが、史実で知る人達は、町名から思いを馳せるのだろうか?


 さ、始めるとするか。

 「行くぞ」と声をかけてきたクロノスを抱き、ベアトリーチェと手を繋ぐ。


・・・・・

・・・


 駒姫が座る座敷牢の前には、護衛の兵が立っているが、クロノスの力で眠らされる。

 兵が座り込む様子に驚いたのか、牢の中の駒姫が格子のそばまで近寄ってきた。


「お静かに。私達は、あなたやこの兵を傷つけるつもりはございません。ただしばらく。お話を聞いていただきたいのです」


 この時代にはない衣装を着た男女、一人はこの時代には見られない犬を抱き、もう一人はブロンドのイタリア人。

 怪しむのは当然だが、騒がれると面倒だ。

 クロノスが居るから何とでもなるけれど、できればクロノスの力を使わずに済ませたい。


「そなた達は何者です」

「私は玖珂駿介。こちらの女性はベアトリーチェ。この犬はクロノス。神の一人が変化した姿です」


 にわかには信じられないでしょうけれど、とここに来た目的を話した。

 説明を聞いている間、駒姫は俺達の様子をじっと観察している。翌日には処刑される十五歳の女の子とは思えない落ち着き様に、これが武家の娘というものかとその美しさによりも驚いていた。


「処刑されずに済むのはありがたいお話です。ですが、父上や母上にそのことを知らせることはできますか?」


 駒姫の死は、その後の歴史に影響したと言われている。父、最上義光もがみよしあきはこの件を恨んだために、関ヶ原の戦いでは徳川側についたと言われているのだ。


「それはできない。歴史の流れが変わる可能性は残せない」

「でも、お父様がお亡くなりになる直前に、事情を伝えることはできるのではなくて?」


 ベアトリーチェが、俺の顔をのぞき込むように身体を傾けたあと、駒姫の意を汲む案を教えてくれた。

 確かに、臨終直前ならば……。


「なるほど、現代に戻る前にクロノスと共に寄っていけるか……駒姫も連れて……」

「どう? 亡くなる直前になら……つまり、あなたは父上のご臨終に立ち会える」


 格子越しにベアトリーチェは駒姫に向き合う。


「本当でございますか? ……でも……私だけが救われるのは……」

「今回はあなただけだけど、私達の受け入れ準備が整い次第迎えられる人は増えるわ。そしてその時はあなたにも手伝って貰いたいの」


 家族でもない、まだ顔合わせも済ませていない駒姫が、他の側室達のことを思っている姿は胸を打つ。

 誠実で、家族と仲間を思う優しい心根を、駒姫の言葉と態度から強く感じた。


 ベアトリーチェが彼女の手を格子越しに握っている。二人の白い手が結ばれる様子は、きっとこれからの希望に繋がっているような気がした。


 壁に灯された蝋燭の明かりが、二人を照らしている。

 このかび臭く、すすけた座敷牢は時代そのもののようだ。


 時代は彼女達に苛酷だった。

 それが少しでも……と思わずにいられない。


「私が他の方々をお助けできるのですか?」

「ええ、そうよ。この世界でとは違い、庶民の生活を送ることになるけれど、でも、今のあなたには想像できないほど自由で楽な暮らしよ。そして、その世界を知ったあなたが他の方を助けることになるの。それは私が保証するわ」


 自分も貴族の家で生まれ育ったこと。

 ベアトリーチェは公家のようなものだと説明していた。

 だから、現代の日本での価値観や風習に慣れるには少し時間がかかったと話している。

 どんな時代のどの世界もいいことばかりじゃないけれど、この時代よりは個人が自由だと説明していた。


「では、お任せいたします。宜しくお願いします」


 深々と下げた黒髪を、ベアトリーチェは優しく微笑んで満足そうに見ていた。

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