日常

daily01-01


 ペット牧場の基本的な設備はできた。

 柵で囲った放牧場、最大二十名の従業員宿舎、二百匹収容可能な小動物の家専用建物、入浴施設、排泄物処理施設、給餌用施設。医療施設や墓地など、まだ用意しなければならない設備はあるが、ペット達を招くための設備は整った。


 神田高志かんだたかしに牧場長を頼み、平野優美ひらのゆみには飼育主任を務めて貰う。

 経営に関しては、会計士と相談しながら神田にやって貰う。

 なに、資金面は、クロノスに任せておけば心配ない。


 ここでベアトリーチェ・チェンチにも働いて貰う。

 小動物とのふれ合いのなかで、心の痛みを癒やして貰いたい。

 

 預かれる犬や猫の数も三名ではたかが知れている。

 でも一匹でも多く、殺処分に遭わないようにしたいから、預かれそうな数は早めに引き取りたい。

 なので、近場の保健所から六十匹の様々な犬を預かることにした。


 行政とのやり取り関係は神田が、引き取ったあとの去勢手術等、獣医とのやり取りは平野が担当する。

 ベアトリーチェには、平野からトリミングを教えて貰いながら、ペット達の世話をして貰う。

 俺は、支援してくれそうな企業や人から支援金を求め歩き、ネサレテは当面、皆とペット達の食事を担当する。


 全然人が足りない。

 判っている。


 だから、学生のバイトで補うこととする。……当面はね。


 過去から人を連れてくると、それらの人への教育……とりあえず言葉と現代生活への適応……が必要になるので通訳や教師も必要になる。ネサレテとベアトリーチェが、いずれその役目を務められるようになるだろうが、今はまだ無理だ。


 バイト抜きで従業員三名、預かっているペットは二百匹となった。

 まだまだ先は遠い。

 徐々に過去から人を連れてきて、みんなが現代生活と仕事に慣れていけば、もっと増やせるだろう。


 ペットの命を大切にするイメージを、CI(コーポレートアイデンティティ)として持ちたい企業からの支援も少しだが増えている。いずれクロノスの力を借りなくても運営していけるよう、少しずつでいいから支援者、支援企業を増やしていきたい。


 こうして慌ただしい一年が過ぎた。


 俺とネサレテは、神様との鍛錬もあったから、とにかく忙しい一年だった。

 だけど、充実した一年だったからいいんだ。


・・・・・

・・・


 一日の仕事を終え、風呂から出て、ネサレテが淹れてくれたコーヒーを飲み、居間でのんびりと過ごしていたらベアトリーチェが話しかけてきた。ネサレテと彼女は、従業員用宿舎ではなく俺の家に住んでいる。


「駿介さんって、とてもお優しいところがあるのね」

「何だよ。急に」


 だいぶ日本語にも慣れ、ここでの生活にも現代生活にも慣れてきたようで元気にもなった。


「私に第二の生活を用意してくれるし、ペットのことまで……儲かるようなことじゃないのにね」

「お金を稼ぐのは生活のために必要だけど、生きるってそれだけじゃないだろ? 」

「そうね。やり甲斐って必要よね。昔の生活ではそういうこと考えられなかったけど、今は何となくわかるわ」


 俺の脇で寝そべるクロノスが口を挟んだ。


「こいつは酔狂なんだ。おかげで我も忙しい」

「すまないな。だけど、いつか死ぬ日まで気持ちよく生きたいじゃないか」

「美女二人をそばにおいて、好きなことして生活してるのだから、おまえは気持ち良いだろうが……我にももっと楽しませろ。旨い酒をもっと飲ませてもいいんじゃないか? 」

「そうだな。クロノスには世話になってる。感謝するし、気をつけるようにする」

  

 ミニチュアダックスクロノスを抱きかかえて、背と腹を撫でる。

 本人は口ではいつも嫌がるが、気持ちがいいのだろう。

 最後はされるがままになるんだ。


「こら。神に対して何という……う、うーん、気持ちはいいな」

「あら、私も撫でて下さいな」


 ……来た。


 この一年でベアトリーチェ・チェンチの性格が変わった。

 宗教や家族など、それまで信じていたモノに裏切られたせいか、別の理由によるものかはわからない。屹然きつぜんとしていた以前と異なり、信じられる者を確保しようとするようになった。

 具体的には、俺との関係をはっきりさせようとするようになったんだ。友人とか知人とかではなく、恋人であったり、妻であったりの立場を求めるようになっている。

 

 いや、判るよ?


 処刑されるところを助けた形になったのだし、信用してくれるのはとても嬉しい。

 ベアトリーチェほど美しさと可愛らしさが同居した美女から求められるのは、男冥利に尽きるというものだ。


 だけど、どちらかといえば、ネサレテを妻にするつもりでいる。

 同じ半神半人だしね。

 今の生活に慣れてきたら、結婚するつもりでいるんだ。


 何度か、ネサレテとは結婚するつもりでいると話したから、ベアトリーチェも判っているはず。

 でも、「いえ、愛人でもいいんです」と言われちゃうから困る。


 正妻と一緒に愛人も持っても普通だった時代で育ったネサレテとベアトリーチェと、一夫一妻が普通で愛人持つことにやましさを感じる俺とでは感覚が大きく違う。


 「平等に接するなら何も問題はない」と二人は言う。


 史上有名な美女二人がそばに居てくれるのは嬉しい。

 当然、嫌という話ではない。

 だけど、甲斐性なしと元妻に言われた俺は、どうしたらいいものかと決めかねているんだ。


 とりあえず「もう少し時間をくれ」と言って逃げているんだが、最近はベアトリーチェが押してくるので困っている。

 クロノスが冷たい視線を送ってきているが、気づかないフリをして「さあ、次はどの有名人に会おうか」と話を変えた。

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