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「忘れもしません。あの日、結局どのお店にも働かせてくださいってことを言えなくて。いざ沢山の服屋さんを目の当たりにすると、どうしていいのか分からなくなっちゃったんですよね。本当にここで良いの、とか。私なんかが、とか」

 眼差しがそっと細められる。

「やっぱりここは私が来る所じゃなかったんだって思って、田舎に帰ろうと思ったんです。駅に向かって歩いて帰る途中、ふと視界に入ったショウウィンドウに釘付けになったんです。意識して服屋さんを視界に入れないようにしていたのに。そのショウウィンドウにだけピントが合ったんです」

「それが今のお店ですか?」

「はい、そうです。その時はどのお店も春物をディスプレイしていたのですけど、そのショウウィンドウだけ輝いて見えたんです。何て言うんでしょう、個性的というか、特別というか」

「運命、ですね」

「ふふ、そうですね。ここで帰ったら絶対後悔するって思って、飛び込んで働かせてくださいって頭を下げたんですよね。ありがたいことに、それからずっと働かせてもらっています」

 一気にグラスを空にして、ふぅと息を吐いた。残った氷が、かろん、と鳴る。

「その出会いは本当に運命だったのですね」

「ふふ、きっとそうです。それまでは流行の服を雑誌の通りに来ていたのですけれど、お店の服を見た時に、あぁこれだったんだなぁって思って。だからこそ、デザインしてみたくて」

「夢が叶いましたね」

「遠回りでしたけど」

 いや、そんなことないか。と楽しそうに続けた。きっと今まで楽しい事ばかりではなかっただろう。仕事をするとはそう言うことだから。

 それでも夢を叶えたマリさんに、どうかお祝いの気持ちだけでも。

「クローバーナイトです」

 人差し指を口元に当て片目をつぶると、マリさんははにかんで笑った。


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