第79話 湯治

 戦いに敗れたダッシュガヤは疲れを癒すため、アラミンの湯に湯治を目的にやって来ていた。このアラミンの湯は多くの者を魅了し、敵味方の区別なく利用できる湯であった。その昔、戦い傷つけあった戦士がここで出会い、友として酒を酌み交わし、再度の戦いを約したことも伝えられている場所であった。


 ダッシュガヤは腕に自信があるのか一人で湯治に現れ、湯殿に大金を預け湯治を楽しんでいた。西部の部族長たちには次の戦いは近い、総勢三十万は下らぬ軍勢を用意せよと命を下していた。各部族長は精一杯頑張っても二十万強ぐらいしか準備出来ないと返答すると、剣を抜きパンを刺し、部族長たちの口の前に突き出し食わせた。

「どうだ美味いか。美味いならもっとやろう」

部族長たちは肝を冷やし、どうしても無理だと訴えた所、ダッシュガヤはニヤリと笑い答えた。

「もっと向こうに別の部族が居るであろう。それらを我が戻って来るまでに治め、従わせられれば良いではないか。頭を使う事だな。ただし、目的の人数が揃わなかった時にはもう戦いは無いと思え」

「えっ!戦わないんですか」

「おお、そうよな。戦えるわけがないであろうが」

「どうしてですか?」

「ふん!わからぬか。わからぬなら教えてやろうぞ。この地域の兵など役には立たぬと判断して、黒い竜殿に焼き殺して貰おうと思っておってのう。何もなくなるだろうよな。ワハハハハ」

「・・・・・・・」

「どうした。おかしいではないか。笑え笑え」

部族長たちは震え上がり、自分の部族に帰り、このことを伝え、どうするかを協議した。答えは他部族の支配と統合しかないと出た。生き残るために戦いを始めた部族長たちは、情け容赦のない戦い方をせざるを得なくなり、気の弱い者は寝込んでしまう程であった。この大陸の西半分は大いに乱れて難民が北や南に押し寄せた。この為ソレアの国とミランダの国は国力が著しく下がり、戦費が調達できぬのではないかと噂された。


 これらの事は多くの者に伝わり、風評被害が大きくなり、世界は大混乱となってきた。この自分の世界に向けての意思を示す事で、何が変わるのか、変わらないのかを自らの目で確かめようと敵味方入り乱れてるアラミンの湯にきたのであった。そのため、アラミンの湯は女湯と混浴湯しか無く、身分の高い女は女湯にしか入らない。だが、ダッシュガヤは混浴に入湯し、男たちの噂話に耳を傾けていた。


「おい、見たか?あの女」

「どいつだ」

「あの顔に切り傷のある女だよ」

「ああ、あれか。あれはよしておきねえ」

「どうしてだい」

「あいつは普通じゃあない。あんなのに関わっちゃなんねい」


 多くの男が目につける程にダッシュガヤは刀傷さえ無ければ美人であった。ミランダと違うところは肌の色が浅黒く、髪の毛が漆黒で体つきはソレアの様に厳つかった。男は皆その色香に酔いしれた。当の本人は至って普通でただ聞きたいことを聞き、知りたいことを知るだけなのであった。そんな中コシ族の男達が三人、ダッシュガヤに絡んだ。

「おい。姉ちゃん。俺らを誰だと思ってるの。ちゃんとしないと痛い目に合うよ」

「これはこれは、申し訳ない。ついついバカをしちゃって、申し訳ない」

そう言って湯の中に浸けてあった剣を抜き、男のチンぽこをみた。

「お主の物とお我のこの物と勝負をしようではないか。どちらが切れるか試してみようぞ」

「何言ってやがる。刀と俺っちの息子と勝負だって、やってられるか」

「何を言う。お主達は男で怪力。我は女子の身。勝負にならぬと思うが如何か」

「俺は嫌だね」

一人が抜け、後の二人も血の気が去り、三人して湯から逃げ出した。

「ふっ。意気地なしが」

そう言ってダッシュガヤは剣を鞘に収め、また湯に浸かった。


 ダッシュガヤが湯船の向こうの端を眺めて居ると湯煙の中誰かがいる様に思えた。よく見ると確かに男が浸かっているのが見えた。彼女は剣を持ち、湯船を進んでいった。男の右横に腰を下ろすとニコリと笑いかけ、大きな乳房を男の右手に押し付け、男を誘惑するのであった。だが、男は何も感じない様な仕草をして、女の相手をしなかった。

「何だい、何だい。お高く止まりやがって。相手なんかしたくないとは言わせないよ」

「怖い怖い。剣を抜かれ、斬り付けられ、血を抜かれるのは真っ平御免こうむります。あんたの所業はさっきから見てるんですから。俺は手を出さずにここで大人しくしてますよ」

「憎いねえ。そんな言い方しなくても。良い男には別対応だよ。わかるだろう」

「おいおい。天下のダッシュガヤ様が男狂いされてると知ったらみんなビックリするよ」

「何!」

そう言うと、さっと男から離れ、手に持つ剣を抜き放った。湯船の中、剣を持つ女が男を切ろうと襲っている様であった。湯船の管理人はその光景を見てちょっと困惑気味に溜息をついた。

「また女と男の痴話喧嘩か。この前も別れると言われた女が男の入ってる湯に現れて剣を振りかざし、心中を強要していたなあ。あれはひどかった」


 だが、今回は自分の名を言い当てられ、驚いて反撃するつもりのダッシュガヤであった。この時、なぜ自分を知っているのか訳が分からず、混乱していたダッシュガヤではあったが、気を取り直して剣を鞘に戻し、落ち着きを取り戻した。


「お前はなぜ我の名を知ったか。言わぬであろうな」

「当てずっぽう。それだけさ」

「ふ〜ん。そう答えるのか」

「お前はなぜそう自分の支配地域を増やそうとする。そこまでしなくても良いんじゃないのか」

「お前には関係ない」

「ふ〜ん。ソレもそうだね」


男はそれっきり何も言わなくなった。この沈黙にダッシュガヤの方が耐えられなくなり、口火を切った。

「ソレア女王の事を知っているか?」

「ソレア。ふ〜ん。ソレアねえ」

「我も女、ソレアも女。あやつがなれるなら、我もなれると思うてな」

その事を聞いて男は笑い出した。

「ワハハハハ。そうか、そうか。これは聞いたのが悪かった。人それぞれと申すが誠に、誠に。そんな考え方があるとは」


 ダッシュガヤはこの男に興味が湧き、名を知りたくなった。男はゆっくりと湯船から出て、体を拭こうと出口に向かう。

「名を告げてゆけ。ただ聞とは許せぬ」

「そうか。だが、俺を斬るなよ。わかったか?」

「当然だ。言ってみよ」

「アキオだよ」

「何!今何と。何と言われた」

「アキオ」

それを聞いたダッシュガヤはアキオの後ろから、斬りつけた。だが、当たらぬ。何回斬りつけようとしても相手に当たらない。腹を立て怒るダッシュガヤであった。立ち止まり、振り向いたところを頭から真っ二つにと息巻いたが、アキオが転がっている石鹸をスッとけり、ダッシュガヤの足の裏に届いた為彼女は右足が滑り、後ろにコケてしまった。

「おのれ!この仇は必ず取ってやる」

そう言ったが、アキオは歩きながら手をふって風呂から出て行った。





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