第78話 緒戦

 中つ国の連合体は強力で軍隊も強かった。十二万で押し出したが中つ国の五万とガジュ国三万で押し戻され、ダッシュガヤは口惜しさに涙した。この事は事前に予想が出来たために追い返す事が出来たのだった。それは三ヶ月前のことミランダの所に、ガジュ国の南半分を占める部族の長老ガッカハが、コミスを連れて会いに来た事から話をしなくてはならない。


 粗末な作りの王宮の謁見の間にガッカハは平伏していた。ついて来たコミスも同じく平伏をしてミランダ女王を待っていた。ミランダは笑顔で二人を迎えた。

ガッカハは、ダッシュガヤが誠実な牢番のカニシュを殺し逃亡した事、この事件を聞き、彼女を討伐する為ここに控えているコミスに追わせた事、崖に追い詰め深傷を負わせたもののその遺骸を確認せずに帰還した事、直ぐに遺骸の確認に向かいしも出来なかった事、猟師の話ではダッシュガヤが落ちた辺りからドラゴンが飛び立った事、ダッシュガヤの落ちた所は大きな空間が残されており、ドラゴンが居てもおかしくなかったとコミスは考えている事などを報告した。


「我が女王様、私目が申し出を受け入れて頂き、我らの酋長ダッシュガヤの命を助けて頂きながら今回の失態を引き起こし、今後に大きな禍根を残した責任、私の命で贖いたいと思います。この申し出をお受け下さい。またこの者を次の指導者にして頂き、我らを今後もお見捨てにならぬようにお願いに参りました。さあ、コミス、顔をあげよ」

「はっ。コミスでございます」


 ミランダは横に控える叔母のギルシィの顔を見た。ギルシィは悲しい顔をして首を横に降り、涙を流し、話しかけた。

「ガッカハ、そなたは我ら虹一族のガシュマル・ガジタへの移住を咎めだてする事無く許してくれたではないか。それに加えて誰も居ないこの渓谷に移動中は安全に着けるようにと警護の兵まで同行させてくれた。尚且つあの強欲なダッシュガヤが、言いがかりをつけて来た時も、あの者をやんわりと押さえつけ、我らの安泰を手助けしてくれた。そんなそなたを責めることなど出来ようか。さっ、頭をあげて下さいませ」


「お優しいお言葉、いたみいります。が、これは大きな災いとなりましょう。思い起こせば三年前、我が兄の酋長ダッシュガッカが身罷り、あの者が酋長になりました。己の力に酔いしれ、強欲を起こし、近隣の部族を尽く破り、統合してゆく様は部族の者には壮観でありましたが、私には悲しい事でした。多くの友を戦いで無くし、相手方の多くの善良な者達を殺し、なぜか得意になりこの地域を全て手に入れると宣言、ガジュマル・ガジタにまで兵を進め、降伏を求めました。我ら五万に対してあなた方は周りの部族や敗走者を糾合して一万足らず、この戦いは先が見えたとダッシュガヤは玉座に座り、酒を飲みながら笑っておりました。私は戦いをやめさせようと主張しましたが、息子も私も牢に入れられ、戦陣から遠ざけられ、苦い思いをいたしました」


「そうであった。あの時アキオ様と私がこの渓谷にたどり着いた時、多くの兵が周りを取り囲み、押し潰さんと押し寄せていた。あの時、中つ国で多くの時間を費やしていたらと思うと冷や汗が出る。巫女の国中つ国は色々と手続きが煩雑で時間が取られる。アキオ様があの婆さんに白花を渡し、すぐに退散していたから良かったものの、ゆっくりしていたらどうなっていたか」


「あの時、ドラゴンは我らとあなた様の間をめがけて火を吐き、戦いそのものを終わらせた。我が軍は死傷者が出はしなかったが敗走者が続出、軍は瓦解し、敗れてしまいました。私は先頭に立ち、剣を天に突き立て、号令をかけていましたからあの炎の凄さは身に染みてわかります。気がつくと我らの周りにいた他の部族達はいなくなっており、我らはただ立ち尽くすのみでございました」


「そうでした。コミス、あなたは勇敢だったと記憶しております。確かに先頭に立って号令をかけていたのを見ました」


「はい。女王陛下」


「そう固くならなくても良い。私とてこの立場になりたくてなったわけではないもの。叔母ギルシィの頼みでなっただけだから、ただのお飾りよ」


「いえ。あなた様の統治を喜ぶ声は満ち溢れ、我らもこの国の未来を楽しみに生きております」


「ミランダ。あなたを女王に選んだのは決して気まぐれからではありません。あなたはなるべくしてなったのです。生まれながらの女王なのです」


「それはどうかしら、私には理解出来ない事柄です」


「あなたは巫女の修行を嫌がり、一度も参加せず、戦いの魔法や剣に弓を練習していましたね。これでは先が思いやられるとあなたの父に旅に出させたのです。あなたが帰ってくるのを待っていましたが、今すぐここを立ち去れ、一族を二つにわけよと急に神託がおりて来たのです。あなたの父ミグラは信仰熱きお方、すぐに指示を出され、我らを送り出してくれました。多くの食糧と生活用具、今ある生活の基礎はその時のもの。あなたには多くの時間は残されてはいません。これからもっと厳しく巫女の修行をして頂きます。やっと中ほどのくらいまでできるようになりましたが、まだまだたりません」


「ふ~っ。これだから女王なんか辞めたくなる」


「そうは参りません。このガッカハが聞き及んでおりますが、ダッシュガヤの魔術を破り、縄をかけ、虜にしたのはあなた様です。誰も敵わぬダッシュガヤではありましたが、あなた様が全てを終わらせて下さいました。また、多くの者達の罪をお許しになり、こうして国の柱としてお使いいただける喜び、感謝いたしております」


 それで叔母ギルシィが神託を求め、今後のダッシュガヤの出方を占ってみた。

「確かに黒いドラゴンと一緒にいる。ただしこのドラゴン、汚れたものとしての烙印を押されている。さてどうするか。西部の蛮族を糾合し、中つ国を攻め落とそうと押し寄せて来る。さても強いが我らがどう出るかで戦いは決まるだろうが、後がわからない」


「どうも一度だけの戦いでは無く、二度にわたる戦いをしなければならないみたいだが、最後はどちらにも勝利の権利があると出た。これは稀な事だ」

ギルシィは不安な気持ちで胸を抑えた。


「一度めは撃退できるんだ。その次が最後になるのか」

ミランダは死を思い起こし、覚悟した。


 春の訪れを待ってダッシュガヤは十二万の大軍を引き連れ、中つ国に押し寄せた。中つ国の軍隊は五万。対峙する相手の軍は倍以上であったが、巫女の国たる中つ国は善戦し、相手が攻め来る時に抑え、退けば打って出ると言うようにして膠着状態を保っていた。手勢が目減りすることを嫌がるダッシュガヤではなく、力押しを続けてついに正門を打ち破り、全軍で押し入ろうとしたまさにその時、南の平原から現れた三万の軍が十二万を押しのけ、ダッシュガヤの野望は辛くも潰え去ったのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る