第75話 ダッシュガヤ

 グエルが、自分の不遇を呪って山の中で暴れていた時、一人の女がグエルと出逢う。この女の名はダッシュガヤと言う。ダッシュガヤは、蛮族の酋長であり、黒魔術を得意とする強欲の者であった。ダッシュガヤが何故この恐ろしい山に入らねばならなかったかと言えば、自分の一族に殺されかけたからであった。


 ダッシュガヤは、復讐に燃えていた。誰に対してと言えばミランダに対して憎しみを募らせていた。自らの犯した罪の深さも多くの命を奪った己の強欲も決して認めようとはしなかった。自分をここまで追い込んだ原因はミランダだと一心に思い、復讐を誓っていた。


 その二つの命が出逢い、共鳴するのに然程時間はかからなかった。

「何だい。この山は昔はこんなじゃなかった。どうしたと言うんだい」

ダッシュガヤは荒れ果てた山を進んで行く。時折、山が揺れ、岩が降り注ぐ事もしばしば。普通の者なら恐ろしくなって山から帰るのだが、ダッシュガヤは引き返せないワケがあった。それは数刻前に話が戻る。


 ダッシュガヤは牢屋に閉じ込められるのは真っ平だと、一族の酋長だった自分を丁重に扱う牢番を殺し、一人山を目指し逃げ出したのであった。この牢番の殺害を知った一族の戦士たちは、対抗魔術の使い手を先頭に三十人で追いかけた。

ダッシュガヤは追っ手を見ると魔術で迷わし、相手を倒そうと試みたが、自分の魔術に対抗出来る者がいる事に驚き、逃げる事しかできなくなったのである。


「何と言う事をするのだ。カニシュは良い人だった。皆が嫌がるお役目をわざわざ自分から申し出てくれた人を。その身柄の引き受けも何と丁重な事かと皆感心をしていた。あの傲慢なダッシュガヤも人の子、きっと改心あるべきと皆涙したものを。我らを許し、この争いを平穏に許してくれたミランダ様にどう申し開きをしようか」

「仕方のない事よ。殺さねばならぬ。そうせずば、我らの誠意が伝わらん。さあ、行ってカニシュの仇を討ってこい」

長老ガッカハは討伐を命令下した。戦士としては一族に中から選りすぐった者達を向かわせた。対抗魔法師も付け、追いつけば必ずその命の火を消せるものと考えていた。


 山の中、追っ手の戦士達も地鳴りや落石でひるむ事なく、ダッシュガヤを追い詰めて行った。霧のかかった山道の中、戦士ガッコはダッシュガヤに追いついた。

「待てっ!カニシュ殺しの罪、許されるとでも思ったか」

剣を抜き、斬り付けるもダッシュガヤも負けずに受けて立つ。斬り合っていたが中々決着がつかない。

「お前、何と言う。我が配下にしてやろう」

「ふん。情けない言葉よ。そんな言葉を喜ぶとでも思うたか。愚か者め」

「何い」

「お前は一族が酋長だった。だが、お前が引き起こした争いが敗北に終わり、当然死をもって詫びねばならぬ事、知らぬとは言わさぬぞ。だが、牢に入れておく事になった。それも長老ガッカハ様の根気ある交渉のおかげと何故喜ばん」

「ふん!吐かせ。その様な世迷い言に耳を貸す我ではないわ」

「そうよなあ。あの誠実なカニシュ殿を殺し、多くの者を傷つけたお前は、ただの極悪人だ」

そう言うとガッコは剣を振り上げ、ダッシュガヤの頭めがけ切り下ろした。当然剣で受けたダッシュガヤではあったが、それを見ていた弓の名手ダイカはダッシュガヤに狙いをつけていた。ガッコの剣を押し返し、切りつけようとした時右肩を射抜かれ、タイカの方を睨んだダッシュガヤをガッコは斬りつけた。頭から左胸にかけて袈裟懸けに斬った。「あっ」と短い声をあげ、ダッシュガヤは崖から落ちて行った。霧が立ち込め、何も見えない中、トドメを刺す為崖を下りようとするガッコだったが、他の者達が止めた。

「もう良い。手応えはあったんだろう。あれだけの深手だ。生きてはいまい」

「確かに手応えあり。討ち果たせたと思うが」

ガッコはトドメを刺すべきだと主張したが、隊長のコミスはこれで良しとした。


 村に帰った一行は長老ガッカハに大目玉を食らう。

「馬鹿者め。この大バカ者。コミス、己は戦士失格じゃ。なぜ、トドメを刺さなかった。愚かな事をしたものよ。聞いたくらいの傷で死ぬのであれば、この俺はもう三十回は死んでいる。これを見よ」

ガッカハは、服を脱ぎ捨て戦いで受けた傷を戦士達に見せた。


「どうだ、分かったか」

一同を睨みつけ、はっきりとした声で言いつけた。

「今一度その場所に行き、死骸を見つけ出せ、必ず、死骸を持って帰還する事を命ずる」

「はっ」


 多くの戦士は慌てて、準備し、山に向かって駆け出した。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る