第70話 村人の恐怖

 村ではクルドが置いて行ったアデヤの事で話は持ち切りであった。

「このお方はお山の花を積んでいらしたんだろう。なぜ、こんな事に」

「まことまこと。どうしたものか」

村人にとって山の出来事は知ることの出来ない事であり、ドラゴンであるクルドに聞く訳にもいかず、皆考え込んで悩んで居た。


「オイッ、アデヤとやら。上で何があった。何とか申してみよ」

ソレアはアデヤの体を揺すって聞こうとするが、アデヤの意識は戻らない。村長ダッタが、アデヤの持ち物を探っていると、手に握りしめて居る袋が目についた。

「ソレア様、これはもしかして白花かも知れません。このお方に与えたらきっと快復に向かわれましょう」

ダッタが袋を開けてみると花が出て来た。だが、聞いていたものとは違う匂いだった。この時、病人の様子を見に来たカイラは匂いを嗅いで慌てて部屋に入って来た。

「あっ。カイラ。良かった。もうこれでこの人は助かるぞ」

嬉しそうに喜んで居る村長をカイラは力一杯押しのけ、花の入った袋を家の外に放り投げた。

「早く。早く。その袋ごと燃やすのです。急ぐのです」

村人は驚きながらも火をつけようと恐る恐る近ずく。

「何をして居る!早くしろ」

カイラの厳しい声で村人は火をつけた。燃え上がる火の手、立ち昇る煙。

「誰もアレを吸ってはなりませぬ。悪くすると死ぬ。下手をすれば狂い歩く。もっと悪くすれば剣を抜き他人を傷つけ、最後には自分をも手に掛ける恐ろしい匂いだ。こんな物を持ち帰るとは、このお人は運に見放されたのか」


ミランダにソレアは山の方を見て考え込んでしまった。クルドは慌てた様にアデヤを置いて行った。アキオ様は大丈夫なのか。どうしてついていかなかったのかとお互いに悩んだ。その姿を見て、カイラが進み出て二人に問いかけた。


「あなた様がたはお強いとお見受け致します。いかがですか。あのドラゴンを操る殿御とあなた方お二人と戦ったらどちらがお勝ちになります」

「無論、旦那様だ」

ソレアは即答した。

「その答えは間違いです。私の見るところ、お二人の方がお強いと考えます。ましてあのお方はお優しい。それ故にあなた方に勝てないと考えます。いかがですか。斧を振り回し、矢を放ち、力一杯盾を振りかざすあなた達を、無傷で取り押さえる事など出来ましょうか。だから、ご一緒しなくて正解だったのです」

その答えに二人はただ黙って頷くしかなかった。


村長ダッタは傷の手当を終え、二人に残念そうに伝えた。

「誠に。こんな事ぐらいしかできず申し訳ありません。このまま持つかどうか。明日まで持てば良し、持たないように思われます」

ソレアはダッタに礼を述べ、アデヤを看病していた。


「おい、アレは何だ」

村人が天を仰いで何かを見ていた。

「さっきのドラゴンじゃないか。あんなに高く飛ぶとは。何をするんだ」

この言葉にミランダもソレアも慌てて外に出て、天を仰ぎ見た。その時ドラゴンの口から光の玉が吐き出されるのが見えた。太陽の様に見える球が山の頂に向かって落ちてゆく。


「みんな伏せろ。光を見るな。誰も顔を挙げるな」

大方の村人は言われた通りにした。だが、ぼうっとした数人の者は光の玉がどうなるのか見届けようと立っていた。


 光が当たりを覆い尽くす。見ていた者たちは目を焼かれ、何も見えなくなった。続いて音が襲って来た。ババババ~バン。聞こえて来たときには大風が吹き荒れ、世界が終わるかの様に激しい揺れが続いた。ソレアは今回はちょっと長かったと言っていたが、村人には一日中続いて居る様に長く感じたと話す者が殆どだった。衝撃波が村を抜けた後には村の建屋の屋根は無くなり、作りの粗末な物は跡形も無くなっていた。立って見ていた者たちを探す声がしていたが、何処にも見当たらず、家族の者皆、悲しみの涙で濡れていた。


「大変だ。お山が、お山が。無くなった」

その声に村人皆が驚いた。山をも砕くドラゴンの力と言われて来たが、その実態を目にするのは初めてであり、原爆実験を目にした最初の人類が恐怖したのと同じ思いであったろう。だがそれからが大変であった。山の頂を消し飛ばし、周りが雪崩、水蒸気、地獄絵図になって居るのにまだ火を吐き続けて居るのである。


 二人はそのクルドの姿に身震いした。

「アレが我が国に落とされたとして、誰か助かるものがいるだろうか」

ミランダが言葉を継いだ。

「本に恐ろしい。だが、我が夫はあのドラゴンを使役し、世界を統べる者。この事実は変わりはしまい」

「そうだな。そうありたいものだ」

二人は火を吐き続け、山を燃やし続けるドラゴンの恐ろしい光景を目に焼き付けた。


「大変だあ。村はもうダメだ」

その声にみんな驚きどうしてかと確認した。

「なら谷を見てみろ。あんな激しい流れは初めてだ。この村がなくなるかも知れん」

村人が谷を見ると、激しい水の流れが押し寄せていた。山の上から溶けた水が流れ落ちて濁流を作り出しているのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る