第53話 悲しみの小道

 怪物が現れたと一報が届いて二日目の朝、隣の国「ガイダス」は滅び、北に位置する「ゴの国」も無くなったとの一報が届いた。コシ族の王は身の丈4メートルの大男にして不敗の王なれば倒してやると息巻いていたが、大臣達は近隣諸国に助けを求める事を提案した。王は渋々この案に同意し、周辺国に援軍を求めた。これに応じてくれるなら勝ち取った領分を分け与えると使者を各国に使わした。

それが七日前。王の前には援軍が集まり、その数二十万人にも膨れ上がっていた。


「おいっ。早く行こう。ゴレス。呼ばれるのは名誉な事だ。この老いぼれに召集がかかるとは。お前と俺でアレザスの丘で奮戦し、生き残ってからもう10年が経つ。この槍を手に持つことなどもうないと思っていたが、これが最後となろう。お互い恥はかくまいぞ」

「おうっ。カンプ。待たせたな。お互い戦場を駆け回っていた頃とは違い、腹が出てきたなぁ。それに少々上の方も寂しくなって来た」

「フン。そんなものは気にせんさ。息子も三年前に召集を受け出て言った。この街を守るのは俺たちしかいない」

「そうだな。お前とこの末息子はまだ幼い。俺とこは女だからこんな時には役立たない。早く孫の顔が見たかったが出来ないみたいだな」

「バカ言え。あの時も死ぬかと考えていたが生き残ったではないか」

「そうだったな。そんな事もあったなぁ」

「さあ。行こう」


二人は村からの要請に応じて道で落合、丘の上に見える砦を目指して歩いていた。途中村の仲間三十人と集合し、隊列を組み歩いていたのだが、カンプを追いかけて来る者がいた。

「父さん。待って。俺も行くよ」

「うん。クルプか。お前ではまだ役に立たない。そうだな、あと三年は必要だな。お母さんを頼んでおいただろう。よろしく頼む。お前だけが頼りなんだ。早く帰ってお母さんを安心させておやり。頼んだぞ」

「クルプや。俺のとこのゴーサの事、頼めないかな。母親、娘共々よろしく頼む」

「おじさん。そんなに心配なの」

「そりゃ当たり前さ。命をかけるんだ。だから君の様な立派な青年に頼めると心強いんだ。頼むよ」

クルプは不満げに二人を見た。俺も立派な大人だと言う自信な様な物がその眼差しからうかがい知れる。が、カンプとゴレスの二人はお互いの顔を見て笑い出した。自分たちも大人達が出兵して行く時に二人して連れて行けと抗議したことがあり、その当時のことを思い出していたのだった。


 父親のカンプは笑いながら言い放った。

「お前のケツの青い印が取れたら、連れて言ってもいいんだが、まだダメだなぁ。なあゴレス」

「そうよなぁ。ワハッハッハッ」

この言葉を言う事になろうとは長生きはするものだと、二人は顔を見合わせた。俺たち二人にそう言って笑ったのは、この村一番の兵と評判のタケラスであったとお互い肩を抱いて笑っていた。息子はいつの間にかトボトボと家の方に歩いて行くのが見えた。

「偉い奴だ。よく聞き分けが良い。カンプ、お前と大違いだ」

「そうだな。ゴレス。お前は泣いたものな」

二人は気持ちが晴れて、若い気分になっていた。


 道なりに難民が歩いて来る。地位の高そうな人もいる。豪華な衣装を着た者もいる。が、その全てが土に汚れ、服のあちこちが切れ切れになり、まともな服装をした者がいない事に二人は気づいた。

「これは尋常な事ではない。何が起こっているんだ」

「おいっ、あれを見ろ」

「どれだ?」

「あいつだ。あそこに見える。茶色の布をまとった奴」

「あれか。・・・・・・・。あいつは」

二人はこそこそと身を隠しながら、多くの難民に混じってこちらに来る男の肩を掴んだ。


「カクラ。お前、確か北の国境に配置されていたよなぁ。どうしてこんな所にいるんだ」

「あっ。あんたらはカンプにゴレス」

言葉なく顔を背けるカクラ。何も語ろうともせず下を向き、小さな声で「見逃してくれ」と言う。

「どうしたんだ。お前は若くして北の砦の隊長にまでなったのと違うのか。タケラスの再来と言われていたお前がどうしたんだ」

「なぁ。聞いてくれ。お前たちなら知っているよなあ。王都の大門を。怪物をやっつけようと我らは三十万の大軍で待ち受けた。あのガイダスとゴの国の連合軍からの猛攻も凌いだあの大門が、一瞬で無くなったのだ。一瞬でだぞ」

カクラは手で目を覆い、おの光景が忘れられないとばかりに震えていた。

「俺は門の左手の投石器の発射主任を任されて、怪物が現れる時を今か今かと待ち構えていた。奴が見えた時、俺は震え上がった。城壁の上の者達は皆そう感じたと思う。だが、逃げる訳には行かぬ。距離を測り、狙いをつけて命令した。俺一人の命令で大石が二百も飛ぶ。壮観な光景だった。怪物には五千にも上る大石がぶつけられた。五千だぞ。一つで千キロも在ろうかと言う大石が五千だぞ。だが、二発目は発射出来なかった。もう一度用意せよと号令をかけてるところを食われたんだ。ゴーという音が響いたかと思えば、気がつけば周りに何もなく、大門も城壁もない。俺は土の上に転がっていた。何故助かったのか分からない」


 カクラは頭を押さえて座り込んでいた。その姿を見た一人の男が近寄って来た。カクラの息子で名はカイラと言う。カイラも指導的立場におり、若い兵を引率してやって来たのだ。

「父さん。どうしたの。その格好は」

「カイラか。早く逃げろ。グズグズしてたら間に合わないぞ」

「どうしたんだ。これから砦に俺たちは行くんだ」

「ダメだ。ダメだ。母さんや他の人達を逃がすんだ。あんな砦なんか保たない」

「非国民だと罵られても良いのかい」

「俺も相手が人ならこんな事は言わん。奴は天災、禍の類のものだ。人の手に余る。地震が起これば人は耐える事しか出来ない。止めることなど出来ようか」

「けど、どうしょう」


二人は顔を見合わせ頷くとカクラに言った。

「なあ、カクラ。お前は運が良いようだ。どうだろうか。これから村に帰って皆んなを怪物から逃がしてやってくれないか。当然俺たちの家族もよろしく頼む。カイラやその他の若い奴のこともちゃんと砦に報告しておいてやる。心配するな。みんなで逃げろ」

「わかった、できるだけの事はする。だが、お前達も早く逃げろ。死ぬだけムダだ。良いな。できるだけ早く逃げるんだぞ」

若い連中を連れて村に引き返すカクラとカイラの後ろ姿を見送り、三十人は砦にたどり着いた。


「我ら三十人到着致しました」

「お前がカンプか」

「はい。そうであります。隊長殿」

「他にはいないのか。年寄りばかりではないのか。もっと若い奴らはどうした」

「我が村はこの辺りでも最も多く兵を出しております。タケラスの村という事で兵に出る若者は数しれず。残っておるのは我ら歴戦の勇者であります。我らを不要と言われるなら今からでも村に帰ります。よろしいか」

「いや、俺の言い方が気に障ったのなら許してくれ、決して非難して言っておるのではないのだ。済まなかった。指示に従い配置についてくれ」

「はい。わかりました」


「カンプ。うまくいったな。お前、流石だぜ」

「ふ、ふ、ふ、ふ。我ながらこの口には褒美をやらねばと感じるわ。どうだ酒の一杯でも注いでくれる気になったかね」

「おうとも。なったなった。が、この戦いに生き残った時にな」

「忘れるなよ」


二人は砦の城門の上に配置されていた。多くの難民が必死に歩いてくる。一様に恐怖で引きつった顔つきをしている。が、不思議なことにケミに乗るものがいない。そう言えば、村のケミもいなくなった。この砦もケミが一匹も見当たらない。どうしてかと二人は話し合っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る