第52話 踊りはしゃぐゲルニカ
バクラが湖から這い出て山を下って行った。俺を捕まえようと臭いと音だけを頼りに追いかけているのだ。だが、俺はクルドの陰に隠れて見えず、湖に押し寄せた軍勢の中に俺がいるとでも思ったのか全てを飲み込み、それでも足らずに麓の砦を襲い、辺り一帯を喰らい尽くして前進する。攻撃を受ければその方向に進む。ただただ動物的な反応で知性のかけらも無い行動に俺は驚いていた。昨日、クルドの上から下を眺めれば、緑豊かな野原があり、村や砦が見えていた。その風景が、一本の泥道が刻まれた野に変わり果て、大きなシャベルカーが辺り構わず掘り返したか、山崩れで全てを呑み込んだ様にしか見えなくなっていた。
「これは無残なものだ。コジ族もタダでは済まないだろう。このままではバクラに食われ尽くすのであろうか」
ソレアはバクラの消えた方角を見て悲しく呟いた。
「ソレア殿、仕方ない事だ。あれは人の力ではどうにも出来ぬ故、天災と同じと考えねばならぬ。ドラゴンだと誰が思う。鱗もなく、手足も無い。まして角も羽も無くしておる。ヌルヌルして、顔前の全ての物を食らい尽くす。本当の化け物よ。旦那様にしかあれを止める事は出来ぬ事よ」
「誠に。だがどうしてこうなったのか」
二人はバクラの行いに考えを述べあっていたが結論は出なかった。ゲルニカ達は踊りはしゃいでいた。
「やった〜。バクラは出て行った。猟師どもは食われ尽くした。平安が戻って来た。我らはこれから全ての者共を集め、祭りを執り行う事とする。この良き日を記念してアキオの日としようぞ。朕はこれより者共に宣言をする。準備致せ」
「確かに、カール、君達にとっては良き日かもしれぬが、人間には最悪の日となった事だろう。だが、奴が帰って来ぬとは保証できないぜ。俺たちでも奴をどうこう出来るなんて思わない事だ」
「アキオ様、今、なんとおっしゃいました」
「うん?ああっ。バクラが戻って来ると言ったんだ」
「えっ!戻って来るんですか」
「カール。あの体を見たかい。鱗もなくなり、あの退化した体には水が必要さ。だが何処にここだけの水があると思う。俺もここに来るまでの間、見なかった。これだけの湖をね。だから、暴走を始めたが、奴が正気に戻れば元の住処に帰って来ると思うよ。その時君たちはどうする?気を付けたほうがいい」
カールは震え上がった。俺の手を握り、なんとかしてくれと懇願した。
「待ってくれないか、カール。期待を潰す様な事をいうが、クルド次第だと思ってくれ。クルドに力が宿って無かったらここから逃げ出すよ。その時は許してね」
カールは腰を落とし、うな垂れて座り込んでしまった。
大臣達がカールに近づき、恭しく奏上を始めた。
「王様。宴の準備はできております。祭りの為の踊り手もご用意できました。始めましょうか」
「大臣よ。さっき、言ったが取りやめにしようと思う。戻って来るんだと」
「何がでございます」
「奴じゃぁ。バクラの奴がじゃぁ」
「えっえ〜!どうしてでございます」
「アキオ様の言われるには、戻って来るとな」
これを聞いて大臣達やカールの側近は震え上がり、腰を抜かしてその場にへたり込んだ。これを聞いた浮かれていたゲルニカ達は鳴き声も途絶え、静かになった。
「クルド様はきっと立派なドラゴンになるでしょう。あれだけの実を食べたのですから。バクラなどプッとやってしまうでしょうね」
「そう言ってくれるのは嬉しいが、実際にクルドが目覚め、力の程を示してくれなければ安心できない。お前達も見たであろう。あの恐ろしい光景を。ガジガルの言っていた事を思えば我々は間違った方法を選択したのかも知れんのだ」
これを聞いてカールはじめ、ゲルニカの面々は巫女や神官を呼び出し、祈祷を始めた。しめやかに神官が大きな声で鳴いたと思えば、巫女らしきゲルニカが踊り始めた。木を叩いたり、鳴き声を合わせたり、調子をとって音楽を奏で出した。山でのこの大騒ぎは四方に響、湖を取り囲む周りの国々の人々が聞き、何かの凶兆だとして恐れおののいた。
「カール。君たちは良かれと思ってしているが、奴、バクラに聞こえたら帰って来るかもよ。奴は臭いと音に引き寄せられるんだから。今は静かにしておこうね」
カールは飛び起きて、踊りや音楽を辞める様に家来達に命令した。急に音が消えたので「ほっ」とした多くの人々は、その後バクラが現れて「はっ」とした瞬間食われていなくなった。
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