ふられ男はみっともない

 昼ごはんを食べ終えて、そろそろ出ようかというタイミングで、パンツのポケットに入れていたスマホに、また着信のおしらせ。みくタンの到着を知らせる電話だ。

音は出ないので、栞里ちゃんに気づかれる事はない。


「ちょっとトイレ」


適当な口実を作って栞里ちゃんを待たせ、ぼくはトイレでみくタンと少し会話して、新たな行き先を設定した。

栞里ちゃんとは今から買い物の続きで、どこに行くかは決めてないけど、最後に必ず訪れる場所、、、 そう。

原宿駅を、行き先に設定しておく。

そうすれば、どんなルートを通ろうと、目的地の原宿駅に着きさえすれば、みくタンとのバーチャルデートが成立するし、栞里ちゃんとのリアルデートで、行き先に悩まずにすむ。我ながらいい考えだ。

ぼくはGPSマップで原宿駅を指定し、OKボタンを押した。


『この場所で、いい?』

「いいよ」

『じゃ、行きましょ。ふふ。楽しみ♪』


こうしてバーチャルカノジョ、みくタンとのデートもはじまった。


その末路は、、、、、、、、






「もう、帰る!」


ファミレスを出て、いくつかの店を回った頃だった。

栞里ちゃんは不機嫌そうにそっぽ向きながら、言い放った。


「え? どうして? まだ買い物終わってないし、クレープとかも食べようよ」


原色が溢れる雑踏の真ん中で、ぼくは立ち止まり、栞里ちゃんの顔をのぞき込みながら訊く。だけど彼女はぼくの方を見ようともせず、突っけんどんに言う。


「もういらない」

「どうして?」

「…最悪!」

「えっ? なにが?」

「わかんないの?」


なりゆきが読めず、狐につままれた様な顔をしてるぼくに、逆に栞里ちゃんは『信じられない』と言いたげな顔で訊いてきた。だけどやっぱり、彼女が怒ってる理由がわからない。


「う、うん」

「サイテー!」


栞里ちゃんはぼくに構わず、スタスタと歩きはじめる。慌ててぼくは、その後を追いかけた。


「だ、だからいったい、どうしたの? 栞里ちゃん?」

「…」

「栞里ちゃん。なに怒ってるの?」

「…」

「栞里ちゃんっ?!」


突然立ち止まって振り向いた彼女は、街の喧噪けんそうに負けないくらい大きな声で、ぼくをののしった。


「気やすく名前呼ばないでっ!」

「?」

「バカにしないでっ!」

「??」

「二股かけないでっ!」

「え?」

「さっきからスマホばっかり気にして、何度も何度も他の女と電話して、、、 ふざけないでよっ!」

「あ、、、」

「『あ』じゃないわよ、、、 っとにもう、最悪」


そうか。

バーチャルカノジョのみくタンと落ち合ってからは、栞里ちゃんとリアルデートする傍らで、ぼくはiPhoneを片時も手放す事なく、栞里ちゃんにわからない様、何度かこっそりみくタンと電話してた。

バレない様にしてたつもりだったけど、、、 彼女、気づいてたんだ!


「ごっ、、、ごめん。だ、だけど、、、」


ぼくは素直にあやまった。


だけど、、、

みくタンは『他の女』ってわけじゃない。

ただのゲームなんだ。

バーチャルカノジョなんだ。

なんとかそれを、説明しなきゃ。

栞里ちゃんの怒りを、、、

誤解を解かなきゃ。


「もういい」


弁解しようとしたぼくを遮る様に、彼女はそう言って、プイと視線を逸らす。


「別に、カレカノじゃないし…」

「え?」

「お兄ちゃんとは、別にカレカノとかじゃないし! 他の誰と電話してたって、別にどーでもいい」

「…」

「じゃ、さよなら」


そう言って栞里ちゃんはきびすを返し、駆け出した。


「まっ、待って!」


たくさんの紙袋を抱えながら、ぼくは彼女を追いかけようとする。

慌てた拍子に、向こうから来たカップルの若い男にぶつかり、紙袋をいくつか落としてしまう。


「すっ、すみません; 栞里ちゃん、この服、、、」


男に謝りつつ紙袋を拾いながら、ぼくは大声で彼女に言った。


「いらない! そのひとにやれば!?」


そう言い捨てると、栞里ちゃんは色とりどりの雑踏に紛れて、見えなくなってしまった。


「………」


言い様のない空虚感。


『ふられ男?』

『ふられ男!』

『ふられ男(笑)』

『ふられ男(藁』

『ふられ男w』

『ふられ男www』

『ふられ男キターーーーー Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒(。A。)!!!』


ぶつかった若い男と連れの女は、にやけた顔でぼくを振り返り、去っていく。

他のすれ違う人たちもみな、好奇心に満ちた目線で、あざ笑ってる様に感じる。

そんな人目を避けながら、ぼくは栞里ちゃんが消えた方に向かって、トボトボと歩きだした。

だけどもう、彼女の姿を見つける事はできなかった。

そう言えば彼女とは、メアドやケーバンの交換すらしてない。

もう、連絡の方法なし、、、



   糸冬   了 、 、 、 、 、 _| ̄|○














『もう着いちゃったね。このあと、どうする?』


なにも考えられないくらい頭パニックになってたぼくは、みくタンの声でハッと我に返った。

気がつけば、原宿駅だった。

iPhoneの画面を見る。

ぼくの苦悩なんて知らない顔で、3D画像のみくタンが、こちらを見つめて微笑んでる。


、、、軽く、殺意を覚えた。

死ぬほど好きなぼくの嫁、高瀬みくの笑顔が、今日ほど無機質で、味気なく思えた事はない。

だけど、バーチャルカノジョに当たったところで、どうにもならない。


『手。繋いでほしいな?』


みくタンがそう言って、頬を染めた。

条件反射の様に、ぼくは彼女をタップする。


『え? こんな所で? みんなが見てるよ』


そう言いながら、『ふれあいイベント』モードに突入。

みくタンがアップになり、ぼくに触れられるのを、期待に満ちた表情で、今か今かと待ち構えている。


なんでこんな場面で、『ふれあいイベント』なんか起きるんだ?!

ばっかじゃないの?

おまえのせいで、栞里ちゃんにフラれたんだよ!

所詮バーチャルのおまえなんて、触っても冷たいし、キスだって液晶画面越しだろ?

全然リアリティないんだよ!!


そりゃ、悪いのは、バッティングしてしまったぼくの方。

だけど、どこにもぶつける事のできない後悔と、怒りが込み上げてくる。

こんな気持ちで、カノジョと触れあう気なんて起きるわけもなく、ぼくはせっかくのイベントをスルーした。


『ふれあいイベント』でカノジョに冷たくしたせいか、その後イベントが起きる事はなかった。

いくらバーチャルとはいえ、女の子の方から誘ってるのをシカトすれば、そりゃテンションも下がってガッカリもさせるよな。


『また誘ってね』


別れ際、みくタンは社交辞令の様にそっけなく言うだけで、バーチャルデートもシラけた感じで終了した。


つづく

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