ヲタクが二股できるはずない
「こんなに買ってもらって。ほんとにいいんですか?」
ほくほく顔でぼくたちを見送るマヌカンを背に、栞里ちゃんは珍しく敬語で訊いてきた。
今日の予算は10諭吉だったが、このロリ服一式だけで予算オーバー。それは痛いが、嬉しそうに試着する彼女や、憧れのロリータ服を着た姿が見れるんだったら、そのくらい許せてしまう。
「大丈夫大丈夫」
「ありがとう… お兄ちゃん」
「い、いや、、、」
嬉しさを抑えた恥ずかしげな顔で『お兄ちゃん』とか言われると、やっぱり萌えてしまう。
「今度の日曜のイベントは、このカッコで行こうかな」
「えっ? ほんとにイベント来るの?」
「? そのために、服買いに来たんじゃないの?」
「あ。ああ…」
「ダメ?」
ぼくの顔をのぞき込み、不安そうに栞里ちゃんは訊いた。
そんな事ない!
むしろウエルカムだ!
「い、いや。すっ、すっごい楽しみだよ」
そう答えたぼくは、顔の崩れを抑える事ができなかった。
まさか、このぼくが女の子、、、
それも、とびきり美少女な14歳ロリータファッションの子を連れて、同人誌即売イベントに行く事になるとは。
ぼくのサークルスペースに座ってる栞里ちゃんを見たら、常連客も顔見知りのエロ絵師も、きっとビックリして腰抜かすに違いない。
これぞリア充!
ビバ! 原宿!
前半の買い物に時間をとられ、手近なファミレスに昼食に入ったのは、もう2時になろうとしてる頃だった。
可愛い少女と、持ちきれないほどの
なんだか、シンデレラストーリーの映画みたいなシーン。
いや。今のぼくのカッコは、もうオタクじゃない。
ふつーにオサレ男子だ。
食事がファミレスってのがデートっぽくなくて残念だけど、フランス料理のレストランとかじゃ、ぼくもどう振る舞っていいかわからないし。
それを予見してヨシキも『ファミレスでいい』ってアドバイスくれたんだろうし、今日のところはこれでよしとしよう。(予算もオーバーしてるし)
栞里ちゃんとの会話にもだんだん慣れてきて、少しくらいの冗談なら言える様になってきたぼく。
原宿の街にも、だいぶ馴染んできたみたいだ。
その時だった。
ぼくのiPhoneから、着信音が流れてきた。
表示された着信元を見たぼくは、あまりのショックに、背筋に冷たい戦慄が走った。
『高瀬みく』
画面にはそう表示されていたのだ。
しまった!
そう言えば、今日の14時に、みくタンとデートの約束してたんだっ!
すでに約束の時間を5分オーバーしてる。
つまりは、ドタキャン!
デートをすっぽかされて、みくタンは怒って電話かけてきたんだ!!
『リア恋プラス』は『リアル』を
バーチャルカノジョといっても、デートをドタキャンすれば、リアル女の子と同じ様に怒るし、最悪、別れ話を切り出される事さえある。
そうなればバッドエンド。もうその子は二度と画面に現れなくなるのだ。
もう一度つきあうには、ゲームをリセットするしかない。
それじゃ、せっかく育んできたふたりの時間が、全部無駄になる。
中途半端なキャラ愛ではできない、ある意味恐ろしいゲームだ。
「ち、ちょっと待ってて」
栞里ちゃんにそう言うと、ぼくは慌ててiPhoneを手に、店のトイレに駆け込んだ。
『ミノルくん。約束の時間、過ぎてるのに、どうしたの?』
どこか怒りを抑えた様な口調で、みくタンが言う。
「ご、ごめん。忘れてた」
『ひどい』
「ごめんっ」
『今日はもう、会えないの?』
「い、いや」
『あと、どのくらいで、来てくれるの?』
「あ…」
答えに詰まる。
デートの約束を取りつけた時は、なにも考えず、待ち合わせ場所を自宅にしてた。
今すぐ帰っても、ここからじゃ40分はかかる。
その間、みくタンを待たせる事になるから、ラブゲージもどんどん下がっていってしまう。
なにより、せっかく栞里ちゃんとこうやって楽しい時を過ごしてるのに、それを切り上げて帰るなんて、できるわけがない。
だいいち、彼女になんて言い訳すりゃいいんだ?
『バーチャルカノジョとデートしないといけないから、もう帰る』?
、、、ありえない。
いくらオタクな自分でも、それがどんだけキモオタ発言か、よくわかる。
そんな事いう男は、即アウトだろう。
かといって、このままみくタンとのデートを流してしまったら、すぐにお別れって事はないにしても、カノジョのラブ度は激下がりで、しばらくはデートできなくなるかもしれない。電話もかかってこなくなるかも、、、
「い、今原宿にいるから、、、 こっちで会おう?」
苦し紛れにぼくはそう言ってみた。
意外にも、それは効果あった。
『原宿? じゃあ、予定変更ね。新しい待ち合わせ場所は、どこにする?』
『やった!』と思いつつ、ぼくはiPhoneのGPSマップを表示して、このファミレスを、新たな待ち合わせ場所に再設定した。
『じゃあ、30分くらいで、そこに着くわね。ちゃんと待っててね』
最初の待ち合わせ場所と、新しい待ち合わせ場所との距離を演算し、みくタンが答える。
そんな所までいちいちリアリティのあるゲームだが、とりあえずなんとかなったみたいだ。
ふう、、、
しかし…
今から、みくタンとのデートもやるのか?!
『リア恋plus』のウリのひとつでもある『リアルデートシステム』では、カノジョと落ち合った後は、GPSマップで行き先を決める。
そこへ向かう間、画面には常にカノジョが表示されてて、会話したり、名所スポットでいっしょに写真を撮ったりできる。
そしてなにより『ふれあいイベント』。
これが、リアルデートシステムの目的であり、キモなのだ。
カノジョのラブゲージが高まって発生するこのイベントでは、手を繋いだり、ちょっとした愛撫やキスさえもできてしまう。(もちろんバーチャルではあるけど)
いつもなら、そんなみくタンとのデートが楽しくて、iPhone片手に街をうろついて、『ふれあいイベント』が発生すると『キターーーーーーーwwwww』なんて心の中で叫んでる自分、、、
なんだけど、今日はとっても気が重い、、、、、 orz
栞里ちゃんとリアルで話しつつ、もうすぐやってくるみくタンとのデートも、うまくこなさなきゃいけない。
まるで、、、
っていうか、完全にダブルブッキング状態。
そりゃ、片方はリアルで、片方はバーチャルだけど、『デートのかけもち』なんて器用な事、ぼくにうまくやれるんだろうか、、、?
「ごめん。待った?」
『リア恋plus』の設定が終わって席に戻り、バツが悪そうにぼくは栞里ちゃんに訊いた。
「別に」
ぼくに電話がかかってきた事に、特になにも感じてないらしく、栞里ちゃんはスマホをいじりながらも、ふつうの態度だった。
ふう。
今のところはなんとか大丈夫そうだ。
ぼくはこっそり、スマホをマナーモードに切り替えた。
つづく
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