キモヲタ泊め男には興味なんかない

「お兄ちゃん… あたしなんて、いない方がいいでしょ」

「え?」

「迷惑… でしょ。あたしがいると」

「迷惑だなんて…」

「部屋に置いといたら、なにされるかわかんないし」

「…」

「得体のしれない家出娘なんて… だれだってイヤだよね」


栞里ちゃん、やっぱり家出中なんだ。

それは予想通りだったから、あまり動揺もない。


「そんな事ないよ。…そりゃ、ちゃんと家に帰った方がいいんじゃないかなとは、思うけど…」

「…帰れないもん」

「え?」

「帰るとこなんて… ないもん」

「…」

「あたし… どこに行けばいいんだろ、、、」


そう言うと、栞里ちゃんは眉をひそめ、哀しげな色を瞳にたたえて、もっと遠くに視線を移す。

それは、この世界のどこにも焦点の合ってない様な、虚ろな瞳、、、

そんな彼女を見てると、胸がざわついてくる。


「とっ、とりあえず… うちに来ればいいよ。なにもしないから」


ヨシキの警告も忘れ、この少女をなんとか助けてあげたい気持ちに駆られて、ぼくは思わずそんな言葉を口走ってしまった。

彼女は一瞬瞳を見開いたが、今度は可笑しそうに口許をほころばせた。


あ。

やっぱりこの子、笑うとすごく可愛い。


「おとといの夜と同じセリフ」


あどけない笑顔をぼくに向けながら、栞里ちゃんは言った。


「え?」

「そう言って、あたしをお部屋に入れてくれたじゃない」

「そ、そうだっけ?」

「全然覚えてないの?」

「ごっ、ごめん。酔っぱらってて、その晩の記憶が飛んでるんだ」

「ふ~ん、、、」

「でも、ちゃんと責任はとるから。栞里ちゃんの悪い様にはしないから」

「…」


栞里ちゃんの顔から笑顔が消えた。

不機嫌そうに眉間にしわを寄せた彼女は、ぼくの方を見て、見下す様に言った。


「責任とか、、、 別に、いい」

「え?」

「…別に、エッチとかしてないし…」

「えっ?!」

「なんにもなかったのよ、おとといは。だから、責任とかとる必要、ない」

「なんにも、なかった…」


『もしかして』とは思ってたけど、栞里ちゃんの口からそう聞かされると、なんだか拍子抜け。やっぱりあの夜はなにもなかったんだ。

ほっと安心すると同時に、残念な気持ちにもなったり。

そんなぼくを見て、栞里ちゃんの口調は辛辣しんらつさを増してきた。


「…バッカじゃない? 自分がエッチしたかどうかもわかんないの?」

「だ、だって、栞里ちゃん、『あたしのこと、無理矢理』って…」

「からかっただけ。別に『エッチした』とか、言ってないし」

「…」

「だからお兄ちゃんが責任感じる事なんか、なんにもないわけ。

だいたい、二次元でしか女の子のからだ知らないくせに、ドーテーキモオタが、まともにエッチなんかできるわけないじゃん。バッカみたい!」

「…」

「だからもう、あたしに関わらないで。さよなら!」


栞里ちゃんはそう言い放つと、プイと視線を逸らせてぼくの横をすり抜け、階段を駆け下りた。


「で、でも、行くとこないんだろ? ぼくのとこでよかったら、いていいよ!」


とっさに手が出た。

非常ドアを開けようとする栞里ちゃんの腕を、思わずつかんだのだ。


「きゃぁ~、やめてっ! チカン!」


思ってもなかった彼女の金切り声に、ぼくはびっくりして手を離してあやまる。


「ごっ、ごめん!」


栞里ちゃんは背中を向けて、小さな肩を震わせて立ちすくんでしまった。


「ほんとにごめん。もう触らないから」

「…」

「でも、ぼくはほんとに栞里ちゃんの事、心配してるから」

「…」

「放っとけないよ!」

「…」

「行く先がないなんて、心配でたまんないよ!」

「…」

「きっ、気がすむまでいていいから。だっ、大丈夫だよ。なんにもしないから」

「…」

「信じてほしいんだ!」

「…」

「ほんとのほんとに! 栞里ちゃんの悪い様にはしないから!」


必死だった。


だれかがしっかり手を繋いでないと、この子はどこまでも堕ちていってしまう。

そんな気がして、ぼくは栞里ちゃんを引き留めておきたかった。

ヨシキの忠告なんか、もうどうでもいい。

ぼくは彼女ともっと関わりたい。

ぼくにそんな資格があるかどうか、わからない、、、 ってか、ないと思う。

だけど、ぼくは彼女のために、なにかしてやりたかった。

例えそれが、自分にとって悪い結果を招くとしても、ぼくはこのまま彼女をスルーできなかった。


「…ん」


どのくらい時間が経っただろうか?

背中を向けたまま、栞里ちゃんはひとこと言って、かすかにうなずいた。



 部屋に戻ると、栞里ちゃんはすぐにベランダに出て、昨夜いた場所に座り込み、スマホを取り出して、一心不乱になにかを打ち込みはじめる。

彼女のかもしだす『放っといてよ』オーラに、声をかけるのもはばかられ、ぼくもなんとなくパソコンをつけて、ネットを巡回しはじめた。

目の前のWebページも頭に入らないまま、さっきの栞里ちゃんとのやりとりを思い返す。

あの時はテンパってたから気づかなかったけど、冷静になって考えてみると、結構ひどいこと言われたかも、、、


『自分がエッチしたかどうかもわかんないの?』


まあ… 確かに。

いくら酔ってたとはいえ、エッチしたかどうかさえわからないなんて、男として終わってるが、、、


『二次元でしか女の子のからだ知らないくせに、ドーテーキモオタが、まともにエッチなんかできるわけないじゃん』


ん〜、、、

正確には『素人ドーテー』なんだけど、ほぼ当たってるだけに、返す言葉もない。


『きゃぁ~やめてっ! チカン!』


そりゃ、デブヲタクのぼくは、外見がキモいのはわかってる。

わかってるけど、、、 やっぱりキッツイな~。


そして今も、ぼくの事なんか眼中にないかの様に、スマホに熱中する栞里ちゃん。

やっぱりぼくのことなんて、どうでもいいんだろな、、、


…そんな事考えたって、しかたない。

なにかを期待したって、虚しいだけだ。


所詮、14歳の女の子にとって、ドーテーキモオタのぼくなんかが、恋愛対象になるわけがない。


恋とか、できるわけないんだ。


それでもぼくはただ、栞里ちゃんのために少しでも役立てれば、それで充分なんだ。

なんの下心も、欲もない。

、、、ってのは強がりかもしれないけど、とにかく今だけは、家出少女の栞里ちゃんの『神』、泊め男の務めを果たす事だけ考えよう。それ以上は望むまい。


そう決めるとぼくは、栞里ちゃんの存在を忘れようと、パソコンの画面に集中した。



「なにか、してほしいこと、ない?」


どのくらい経っただろう?

その言葉でふと視線を上げると、いつの間にか栞里ちゃんがベッドの脇に立ってて、こちらを見てた。


つづく

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