Interlude

ルーヴルの魔女

 ジャム屋は、ルーヴル美術館のあるリヴォリ通りに車を横付けした。敷石をかすめたホイールが悲鳴をあげた。相変わらず手に汗握る駐車だが、幸い被害はない。ミニュイがクッションごと転がり落ちたくらいだ。

 14区のカフェに届ける紙袋のほかに、ジャム屋・ベスは、ジャムを一瓶差し出した。

「これ、差し上げます。魔法入り」

 ラベルには、ミントジャムと書かれている。夕べ煮ていたジャムだ。

「リュドヴィック。あなたとはまた会える気がします」

「そう祈るよ、ベス」

 コンフェッティは、澄んだ空に溶け込むような水色のワゴンの後姿を、いつまでも見送った。


 小さな咳払いが、足元から響く。

「……ずいぶんと、名残惜しそうですね。あなた、僕の存在なんて、ほとんどこの世から抹消していたでしょう」

「まあ、固いこと言うな」

 ミントジャムをポケットに入れ、コンフェッティはニケのもとへ足を向けた。


 ルーヴル美術館へと消えていく相棒の背を見送って、ミニュイは、ちょこんと門の前に座りこんだ。そこに黒い影が覆い被さる。

「ちょっと、いいかしら?」

 不意に響いた声にミニュイが見上げた先には、黒づくめの、フードを目深にかぶった赤い唇が、笑顔の形に引き締められていた。


 美術館の中では、ニケが怪訝な声をあげた。

「……サンジェルマン伯爵について聞いていること、ですか?」

 コンフェッティは頷いた。

「なぜあなたは彼が気になるのです?」

「直感です。あの男はどこか信用できません」

 派手に溜息を響かせたニケに、コンフェッティは畳みかける。

「考えても見てください。ご馳走を前にしてウイスキー入りのボンボンを食べるような男ですよ?」

「……コンフェッティ。あなたの判断のポイントが、わたくしにはわかりかねます。ですが、サンジェルマンについては聞き及んでいます。人間界で、最果てのものたちが集うサロンを開いているとか。雲の峰の神々のお一人、ディオニュソス様も最近視察に訪れたと聞きました。特段悪いことにも思えませんが」

「ディオニュソス?」

「様、とおっしゃい」

 おうむ返しに聞いたコンフェッティに、ニケはぴしゃりと言い放つ。軽く咳ばらいをして、ニケは続ける。

「ディオ様は雲の峰におわす12柱のお一人にして稀代のロックスター、老若男女問わずあまたの最果ての者たちの心を捉えゆすぶり、離さぬお方ですよ」

 豊穣をつかさどるとかいう、あの、葡萄酒を片手にしたたれ目の神のことかと、コンフェッティは思いおこす。

 コンフェッティの腑抜けた様子にしびれを切らしたのか、ニケは徐々に語気を強める。

「人間界の視察にまでいらっしゃるということが、どういうことか、あなた、わかりますか? 人間界でのライヴの準備をしているとも噂されていますが、人探しにいらしているという噂もまた、あります」

 ギリギリギリギリと、歯ぎしりのような音が響きだした。

「……恋人ではないか、とも」

 憎々し気に吐き捨てたニケの台座に、ぴしりと亀裂が走る。

「お、落ち着いてください。割れますよこれ」

 ついには低い雷鳴のような地響きまでが、階段ホールに響き渡る。コンフェッティは思わず台座を両手で押さえる。

「いいえ。落ち着いていられましょうか。その恋人と噂されているのは、コンフェッティ、あなたの姉、アニス・マドレーヌ・コンフェッティなのですよ」

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