詩と乙女 2

 小雨降る山道を、コンフェッティとミニュイは、一言も交わさずに上っていた。

 ついさきほどまで賑やかに互いを罵りあいながら進んできた道のりも、1時間を超えたあたりから、どちらからともなく静かになった。

 鉄道の駅から目的地まではバスがあると聞いてきたのだが、駅員が「一本道だし、歩いたら30分ほどで着くよ、次のバスが来るよりもよっぽど早い」と言うのを鵜呑みにして、歩き出してしまったのだ。

 ふくらはぎに妙に力が入り出した頃、ようやく様子がおかしいと気づいた。確かに一本道だが、山を切り開いて道路を通しただけのその道に、バス停どころか車1台通らない。そのうち小雨が降り出してきて、ミニュイが下調べの不十分さに文句を言い、コンフェッティがすぐに人の意見を信じることに文句を言い、互いに盛大に罵り合ったものの、ゆるやかに続く上り坂に、二人とも自然と、酸素や体力の温存に傾いた。


 ふと、目の前に、横道が見えた。ショッピングセンターらしき看板に希望を感じたコンフェッティは、タクシーくらい呼べるかもしれないとミニュイを説得して、その横道にそれた。

「……あなたの日頃の行いが、悪すぎるんですよきっと……」

 ショッピングセンターはシャッターが閉まり、人ひとりいない。手前に据えられたガソリンスタンドでさえ無人で、ただ雨にそぼ濡れていた。


 コンフェッティは、トレンチコートのポケットから、小さな包みを取り出して、ミニュイにもひとつ分け与えた。

「……チョコレート?」

「レモン入りのな。マントンで買ってきた。こういう時こそ、糖分だ。人間たちは、雪山で遭難したら、チョコレートをかじるのが習わしらしいぞ。糖分さえあれば、カリカリすることもないし、そのうちいい考えが浮かぶさ」


 ミニュイの耳が、ぴんと立った。

 聞こえているだろう音は、やがてコンフェッティの耳にも届いた。エンジン音。確かに車が、近づいてくる。道路の方に目をやった瞬間、水色のワゴン車が暴走してきて、コンフェッティたちの目の前に、衝突寸前で止まった。


「お、おい、この車……!」

 コンフェッティの頬にみるみる赤みが差す。

 水色のワゴンの車体には、瓶入りのジャムがいくつも踊り、白とレモンイエローの廂が窓を覆い隠している。

 パリ、モンスーリ公園で、強面のアンジェリーナに連れられて出逢ったあのジャム屋に違いなかった。


 コンフェッティは、嬉々としてワゴン車に近寄った。

 運転席から、綿菓子のような薄い金色のふわふわの髪と、こどもなのか大人なのかわからない風貌がのぞく。

「……ジャム屋、だよな?」

 間違いなく、あの、流しのジャム屋だ。

 ジャム屋は、丸い目をくりくりと動かして、弾けるような笑顔をコンフェッティに向けた。コンフェッティはそれだけで、腹一杯にケーキを詰め込んだみたいに、うっとりとした。

「お会いしたことがありますか? 失礼しました。わたし、人の顔をおぼえるのが苦手で。どちらでお会いしましたっけ?」

「パリだ。モンスーリ公園で」

「ああ! では、一月ほど前ですね」

「旅の途中?」

「ええ、これから、極上のミントを取りに行くんです。ミイ・ラ・フォレまで」


 コンフェッティは、ジャム屋のワゴン車にしがみついた。

「偶然だな! 俺たちもミイ・ラ・フォレを目指してるんだ、そこにあるサン・ブレブレなんちゃら礼拝堂」

「もしかして、サン・ブレーズ・デ・サンプル礼拝堂?」

「それだ」

 ジャム屋は、くすくすと上品な笑い声を立てる。耳をくすぐる心地よい響きに、コンフェッティの顔はいっそう崩れた。

「わたしもそこに用事があるんです。良かったら、乗っていきます? お見受けしたところ、快適な道中ではなさそうですし」

 ミニュイは今にも溶けて正体を失いそうな相棒を、薄気味悪く眺めつつも、水色のワゴンに乗り込んだ。

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