サンジェルマンの取引 2

 険しい山道を乱暴に駆け上る車の中、コンフェッティとミニュイは、ひとことも話さなかった。

 金の鎖でミイラのようになったコンフェッティたちは、要塞美術館の横に停められた黒塗りのキャデラックに投げ入れられた。

 キャデラックという乗り物は、おそらく座席に腰かける分には快適なのだろうが、床を転がりながら過ごすには、世辞にも快適とは言えない。すっぱいものがこみ上げてくるのと、あちこちぶつかる痛みとで、二人とも会話を交わす元気すら失っていた。


 運転しているのはあの三つ目の闇の塊。

 白猫が運転席から燕尾服を取り出し命じると、赤い三つ目の塊はその中に入り、人に似た形を持ったのだった。

 威圧感たっぷりに見下ろされ、ミニュイはすくみあがっていた。

 かるがると座席に放り投げられた頃は、ミニュイはまだ「かのフランケンシュタイン博士が作り出した怪物は、こういう姿ではなかったでしょうか」と、軽口をたたく余裕もあった。無論、コンフェッティはその男を知らなかったが、大きく頷いてみせた。

 しかし、もはや二人は、カーブの度に舌を噛まぬようにぎゅっと口を引き結ぶので精一杯だった。


 車のドアが再び開き、二人が文字通り転がり落とされた先には、城のようにそびえる大きな屋敷があった。

 細やかな彫刻が施された重厚な玄関。その中央には大きく、手紙で見たのと同じ、尻尾を飲み込む蛇の紋章が浮き上がっている。

 サンジェルマンの屋敷なのだと、コンフェッティは、息を飲んだ。


 中から音もなく玄関が開かれ、金の巻き毛を光らせた少年が、燕尾服姿で現れた。執事かなにかなのだろうか、とコンフェッティはぼんやり考える。

「ミディ様。お早いお帰りでございました」

「ちょっとした手土産があるの、整えておいてちょうだい」

「あちらですか、ずいぶんと大きなお土産ですね」

「そうでもないわ。器が小さいもの」

 白猫は高笑いをして屋敷の中へ消えた。


「ようこそいらっしゃいました、長旅お疲れでしたでしょう」

 少年執事は、コンフェッティを助け起こし、頬についた砂を絹のチーフで払った。その穏やかな笑みと細い腕に似合わず、金の鎖をやすやすと引きちぎった。逃げ出そうとしようものなら、と暗に示していると感じて、ミニュイはぶるりと震えた。


「お疲れでしょうから、まずは粗餐を差し上げたく存じます。どうぞこちらへ」

 にこやかな食事の誘いにコンフェッティはぴくりと反応する。ミニュイは警戒して背を逆立てていたが、逆らうこともせず、大人しく従った。

 立ち上がって踏み出すと、体のあちこちがきしんで痛み、コンフェッティは小さく呻いた。


 玄関ホールの真ん中には、噴水が水しぶきをあげ、その奥のテラスには、ご丁寧にライトアップされたオレンジがたわわに実る庭園が見える。

 長い回廊には名だたるギリシア彫刻のレプリカが飾られ、敷き詰められたビロウドのカーペットには金糸が織り込まれている。


 案内されたダイニングルームは、落ち着いたアンティーク・ローズ色に統一された品のいい空間で、天井に描かれた星空は、ゆっくりと動いていた。

 コンフェッティとミニュイは長いテーブルに向かい合った。

「ただいま、ミディ様を呼んで参ります。ごゆっくりお過ごしください」

 一礼した少年執事が部屋を出ると、コンフェッティとミニュイは目の前の品々に手を伸ばした。

 テーブルにかけられた黒いサテンのクロスのきめ細やかな布肌と上質な光沢は、最果ての職人が作った極上の品だろう。装飾の施された銀の塩胡椒入れも、絹のテーブルナフキンや、磨き抜かれた銀のカトラリーも、ひとつひとつがこだわり抜かれた品ばかりのようだ。


「趣味のよい方のようですね」ミニュイの呟きに応えたのは、コンフェッティではなく、部屋に入ってきた白猫だった。

「見る目はあるようね」

 白猫はミニュイの横に腰を下ろした。

 それを合図のように、テーブルには次々と料理が運ばれてきた。半分透けて見える給仕たちは、最果て料理の数々を並べていく。贅を尽くし、一番美味しいところをほんの少しずつ取りそろえた、嫌味なまでに洗練された食卓だ。


 白猫はスプーンを傾け、鮮やかな緑色のスープをさもうまそうに飲んだ。ひとさじすくうたび、鮮やかな緑色のスープからは、いいにおいが立ち上って、コンフェッティの鼻をくすぐった。腹が大きな音を立てると、白猫はけたたましく笑った。

「毒なんて入っていないわよ。あの方は美しくないことはお嫌いなの。考えてもごらんなさい、毛むくじゃらの駄犬と、能なしの死体なんて、魔術の材料にもなりゃしない。生ゴミを増やすだけなんて、まったく美しくないわ」

 白猫は澄ましてスープを平らげ、それでも手を伸ばさないコンフェッティを嘲笑う。

「『コンフェッティの名折れ』ではなくて、『コンフェッティの腰抜け』に改名した方がよろしいんじゃなくて? あの方が止めなければ、爪で八つ裂きにしてやりたいところだわ」

 白猫の目がぎらりと金色に光った。

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