二通の手紙 4

 コンフェッティは考えあぐねていた。

 ミニュイの救出を優先し、その魔力を持って扉を探索する方法は、もはや望みが少ない。扉の探索を優先させるとして、仮に見つけられたとしても、ミニュイの魔力がなければ、扉の修復は不可能だ。

 だとすれば、何を優先するべきなのだろうか。


 コンフェッティは、ベッドの上に胡坐をかき、ジャムの瓶を抱え込むようにして、夢中でスプーンを口へ運ぶ。

 ガーゴイルは気味の悪いものを頬張るコンフェッティに憐憫の眼差しを注ぎ、口許に手をあてた。


 ガーゴイルのゴツゴツした指に挟まれた薄荷煙草に目を止め、コンフェッティは尋ねた。

「そういえば、あんた、前に、薄荷煙草を吸うと魔力が戻るとかなんとか言っていなかったか?」

 ガーゴイルは目を丸くする。

「旦那、薄荷煙草愛好者なのに、感じねえんですかい」

「あいにくと、俺は微細な魔力しか持ち合わせないからな」


 憮然と答えるコンフェッティに、ガーゴイルは慌てて取り繕う。

「だ、旦那は、きっとその分の栄養が他にまわっとるんでさぁ。その人間と変わらないお姿、なかなか堂に入ってるじゃねぇですか。世の中、バランスちゅうもんで回ってますぜ。あっしら、単純なもんは、旦那方みたいな立派な見てくれがない代わりに、魔力があるんでさぁ」


「世辞はいいから、試しに煙草を吹きかけてみてくれ」

 コンフェッティが水晶柱を指さす。ガーゴイルは何かを言おうと口を開きかけ、考えて言葉を飲み込むと、コンフェッティに従った。

「……旦那、やっぱり無理ですわ。実際に吸い込んでるわけじゃねえですから」

「受動喫煙じゃだめか……」

 ガーゴイルの予想通り、水晶柱はなにも変化なく、静かに輝いているばかりだ。

 この男は、今まで自分がさんざん横で煙を吹き掛けて来ただろうに、何も変化がないのには全く気づかないのかと、ガーゴイルは眉をひそめた。


 どうやら、新しく赴任してきた扉番が「使えない奴らしい」という噂は、認めるほかなさそうだ。薄荷煙草を何度も馳走になっている手前、噂を否定してやりたい気持ちがガーゴイルにはあったのだが、気前のよさ以外に、誉めてやれるべき点は見当たらなさそうだ。

 強いて言うなら、その手帳に書き込まれた几帳面なメモくらいのものだろう。それとて、コンフェッティが食べたものを記録したからといって、彼らの仕事に役立つことなどないことは、ガーゴイルにもわかっていた。


「詳しいこたぁ、あっしは知りませんがね。薄荷煙草はもともと、魔界地区土産好適品だったのはご存じでしょ。薄荷と、数種の薬草を混ぜて乾燥させて蝶の翅よりも薄い紙で巻いてあるんですわ。薬草の薬効で魔力が戻るんでしょうかねぇ」

 

 コンフェッティはスプーンの柄を口から生やしたまま、ガーゴイルの話に頷いていた。

「薬効か……」

「もっとも、薬効っていったって、正しくは相乗効果なんでしょうがね。なんだかんだと互いに引き立てあってるんじゃねえですかい」

「ブイヤベースみたいだな」

「ぶいや……?」

「スープだよ、魚介類の。互いに引き立てあったうまみが、渾然一体となって……」


 話しの途中でコンフェッティは突然、はたと黙りこんだ。

 コンフェッティはまた手帳に目を落として、口に何かを呟きながら手帳を繰っていく。

 ページをめくる手が、ピタリと止まった。

「おい、そうか。俺は重要な思い違いをしていたらしい」

灰皿に山と盛られた薄荷煙草の吸殻を背に、ガーゴイルが部屋を去ったのは、窓の外の空がほの白く霞だした頃だった。

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