第39話 記憶の対決

魔王の城で勇者と魔王が対峙する。

 勇者は魔人を刈り取る為の大振りの剣をすっと構える。

 その背後を固めるのは、魔人の国での旅をしてきた仲間たちだ。各々武器を手に取っている。絶え間なく周囲を見回し、勇者を守る。その姿からは、否応もなく勇者達が重ねた経験がみてとれた。

 対して玉座に座る魔王は手ぶらだ。

 背後にいるのは、ルンベと令嬢の二人だけ。

 他の魔人達はすべて魔王が排してしまった。

 令嬢も、他といっしょに追い出されかけたがあえて戻ってきた。人に揉まれながらルンベを見つけた令嬢は神に感謝したものだ。令嬢はルンベに共に行きたいと縋った。ルンベは必ず魔王の元に行くだろうと考えたのだ。ルンベはそれを許し、令嬢は決戦にのりこんだ。


『これほど嬉しいことはない。僕はきみのことを歓迎しよう』


 一方的に勇者から睨まれていた魔王が飄々と嘯く。

 その言葉に、勇者は皮肉げな笑みを浮かべた。


『まさか、歓迎されるとはな。てっきり俺の仲間をなぶり殺したように、俺のこともそうするつもりなのかと思っていたが。…なぜ、俺の仲間を殺した?』

『なぜって? そんな事分かりきっているだろう』

『なんだと』

『興味があったんだよ。知りたかったんだ。彼のこころを』


 勇者はその言葉に激昂した。


『ふざけるな!』


 その言葉を皮切りに戦闘が始まった。

 勇者が地面を蹴ったのと同時に、勇者の仲間も魔王に向かう。それを迎え撃ったのはルンベと令嬢だ。

 勇者は仲間に二人を任せ、自分はそこをくぐり抜けると、魔王にその剣でもってきりかかる。

 魔王は襲い来る刃を避けることもせずに、魔法でそれを弾いた。

 もちろん、その程度で勇者が引くはずもなく、すぐさま次の手を繰り出す。勇者の仲間達もそれに加勢しようとしているが、二人の間に入り込めていない。ルンベと令嬢の相手でせいいっぱいなのだ。


『きみはそれで満足なのかい?』


 攻撃を躱し、魔王は問う。


『どういう、イミだ』


 野生の肉食獣を連想させる獰猛さでもって勇者が答える。

 その間にも攻撃の手を緩めない。


『きみは国に仕える英雄だけれども、きみが望むものはほんとうにそんなことなのか? それじゃあ、きみがただの一兵卒だったころとなにも変わらないじゃないか』


 それに、と魔王は口の端をつり上げる。


『僕を殺したつぎは何をする?』


 勇者は剣を前に突き出す。


『そんなもん』


 勇者の剣が、魔王の魔法の盾を突き破った。

 魔王の黒髪が一房、地面に落ちる。

 ぎらぎらと煌めく瞳。

 勇者がそうであるように、魔王もまた笑っていた。


『お前を殺したあとでかんがえるさ』


 魔王様、ルンベが叫んだ。

 そのまま横に薙ぎ払おうと、短く息を吸い込んだ瞬間。


『だめです!』


 制止の声。

 勇者の剣は、魔王の首のすぐ横で動きを止める。

 声をかけたのは、神官の恰好をしたうら若き女性だ。ルンベと令嬢から距離をとって、武器を抱えたまま勇者を見つめている。自殺した勇者たちの仲間の恋人だった彼女は、悲しみながらも毅然とした声で勇者に呼びかけた。


『それじゃ、だめです。考えることを放棄しないで…』


 切々と訴えかける女性に、勇者はぎりぎりと歯ぎしりをすると、剣を持ち直して魔王に問う。


『降伏、するか?』


 どこか人間らしさを取り戻した勇者を、じっと見つめた魔王は、ふいと視線をさげて、石畳の凹凸のある床を見下ろした。そして、肩をすくめる。


『ああ、いいだろう。もう、「勇者」に用はない』


 魔王様、悲痛な声をあげるのはルンベだ。背中を合わせるようにして剣を構える令嬢も魔王のことを見つめている。伝わってくるのは、驚きと、悲しみだ。


『でも…』


 制止することは叶わず。

 魔王は手をルンベと令嬢に向けてふりかざすと、いっしゅんにして二人のことを転送させた。魔王の首筋に赤い線がにじむ。


『約束は守ってもらおう。まがりなりにも、僕は魔王だったわけだし』

『…ああ、了承した』


 こうして魔王は縛につき、魔王城は人間のものになったのだった。

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