第28話 勇者と限界
「パレード?」
それは、そんな言葉からはじまった。
「ちがう、凱旋だ」
少女に勇者が答える。
「人間は、手間をかけることがすきだねえ」
からかうように笑うのは魔王だ。勇者がいるというのに、魔王は眠らされていない。
宙に寝転ぶ魔王。仰向けになりながら、少女から贈られた知恵の輪を、手の中で弄んでいる。
そこから距離を置いて、床に座り、たき火の後始末をする少女。
勇者はというと、二人に挟まれるようにして仁王立ちしている。例によって突然居間に現れた直後のことである。先ほどから、少女が勇者にとって、とんちんかんな事を言っているのと、魔王にあげあしをとられるので、その額にはいまにも青筋が浮かび上がりそうだ。その上、生活がよくないのか、目の下にはクマができている。
勇者は、魔王ではなく、先ほどからずっと少女に向けて話をしていた。
魔王のことを憎んでいるから、きっと直接はなしたくないのね、そう少女は解釈した。
勇者は不機嫌そうに、そして一方的に告げた。
「戦争のせいで多くの民が不安に陥っている。人々は、ほんとうに戦が終わったと目に見える証拠が必要だ」
「戦争たって、もう五年も前におわったじゃない」
「まだ、魔王を筆頭とした上層部の人間は責任をとっていない」
いまさら何を言っているのだろう、と少女は鼻白んだ。
戦争ではたしかに、魔王軍は負けたけれども、人間たちの連合軍だって勝ったわけじゃない。数の利で、「この」魔王の国、一国を責めた連合軍は、それでも完全な勝利には至らなかった。
やはり、魔人の力は強かったということと、勇者の力が具現するには、少々遅すぎた。勇者の国が筆頭に立っていたため、彼の国の王は随分と周辺諸国から責め立てられたようだ。勇者がおなじ国からでたのは幸い、というべきだっただろう。
このままでは、人間軍と国々が疲弊するというときに、魔王が突如その身を差し出すことと引き換えに、魔王の国の保障と人々の安全を要求した。結果、若干人間達に都合のいい条約はあるものの、魔人たちの自治は認められている。完全に負けている訳でもなかった魔王が突如として方向転換をした理由を少女は知らない。もしかしたらそれは決定的な国の崩壊を招く前に決着をつけるためだったのかもしれないし、他の理由があるのかもしれなかった。
そもそも戦争が始まった理由とて、曖昧で非常にあやしいものだ。
魔王が、ある国の姫君を攫ったのが原因という噂は流布しているけれど、魔王に姫君を攫う理由はないのだ。人間たちが、魔国に攻め入る都合のいい理由に使った可能性だって充分にある。魔王の事だから明らかに残虐行為を行ったのだろう。だが、先に攻撃したのは人間なのかもしれないのだ。
遥か昔に魔国を建立した初代の魔王の力が注ぎ込まれた大地。
それは、けして価値のないものではないから、欲しがっている者は人間であろうが、魔人であろうが少なくはないはずだ。その上、人間たちには、魔人にたいするいまだに根深い差別がないとも言えない。
「わたしたち人間が勝利を、栄光を手にした日…だったけ?」
少女が人間であるにもかかわらず、人間にも魔人にも決定的に与しきれないのは、彼女が自由民だからだ。感情に敏感な自由民であるからこそ、少女は人間の味方になりきれない。城に来て、魔王を知ったからでもあるが、もともと少女は魔人に対する偏見を持たない。人間も魔人もそう大して差がないということを少女は充分に、知っている。
けれど、そうでない人間達にとっては、自分たちがいまいましい魔国に完全なる勝利をおさめた、というのが、この世界の正しい見方だ。
「いったいどんな利益があって、パレードなんてするわけ?」
少女が勇者を睨みつけた。
「戦争が終わったという宣言なら、もうあなたたちの王がしたじゃない。どうして、魔王を人々の前に引きずり出す必要があるの? パレードなんて言って縛り付けた魔王を見せつけて、それじゃ、ただの見世物となにがちがうの」
「凱旋だと言っているだろう」
勇者は国の命令だ、と告げた。
「きっと他の国の人間がかしましいからに違いない」
魔王が軽やかに言う。
「え?」
「あるいは、君たちが、この国以外を開国させる気でいるのか…」
どちらだろうね、魔王が含みをもたせるように笑う。
勇者は唇をひきむすぶと、そうだ、と肯定した。魔王をけして見ようとしない。背をむけたままだ。
「…我が国が魔界を制したと示す必要があるのだ」
「なるほど。それなら、僕はかっこうの象徴になれる」
「なにそれ」
少女は憤慨するが、とうの本人たる魔王は、もうその話はおわり、とばかりに知恵の輪にとりかかっている。自分のことなのに!と少女はさらに、不愉快になる。
あからさまに機嫌がわるそうになった少女に、勇者が告げる。
「そいつは、魔王だ。なんにん、人を殺したとおもっている。償う義務がある。そして、この凱旋はその義務に含まれる」
「なにそれ」
「まあ、僕に拒否権はないんでしょ? なら、わざわざ確認しにこなくてもいいのに」
「あんたは、奴隷のように、衆人の前で鎖につながれて、はずかしくないの? いやじゃないの?」
「実際に囚人じゃない。なにを今更」
命までとられるワケでもなし。
どうでもいい、魔王は万事が万事そんな感じだ。
「今回魔王を眠らせなかったのは、そのことを告げるためだ。万が一、抵抗されても迷惑だからな」
これで必要なことは言い終わったとばかりの勇者。
少女はいらだちのままにたき火をかきまぜると、いちばん上に積み重なっていた炭が真ん中で割れた。
変なのはわたしの方なのかしら、当人達がまるで当たり前のように話をしているのを見て、胸のうちにもやもやが広がる。
「…わたし、庭で水やりをしてくるわ」
むっつりと立ちあがると、ワンピースについた埃を手で払い、足音荒く居間を出て行った。
*
「ねえ、勇者」
なぜかいっしょに着いてきた勇者に少女が呼びかける。
少女は手製のジョウロにたんまりと水を入れて、ひまわりに水をやる。あまりに暑すぎてこのままではしおれてしまうかも、と少し心配になった。ここのところはずっと暑く、一向に涼しくなる気配がない。
木陰に座り、少女の背中を見つめながら、勇者が言う。
「勇者と呼ばれるのは好きじゃない」
「わたし、あなたの名前しらないもの」
「…そんなことより、なぜお前はいまだ、ここにいる?」
それこそどうでもいいわ、少女はジョウロを土の上に置いて、振り返る。
「魔王を殺さなかった理由はなに?」
その緑の瞳には、奇妙な力、気迫がこもっていた。
勇者はかたわらに生えていた野花を手折る。
「…あいつは生きて苦しむべきだ。あいつが何人の人生を狂わせたと思っている。知っているだろう、あいつは、実験でもするかのように、人の意思を操った。許されていい訳がない」
掴んだものを空に向かって投げるが、それはみっともない広がり方をした後、すぐに空気抵抗を受けて地に落ちた。
「死ぬまで、苦しめばいい。俺じゃない、民がそう、望んでいる」
少女の目には、勇者が以前とおなじように憎しみに身を窶しながらも、木に背中を預けるその様子はどこか疲れているようにも見える。
「……」
きっと彼の周りでははいろんな事が取り巻いているのだろう。
少女は勇者が哀れになった。
自然と声が落ち着いたものになる。
「人が望めば、それは正義になるの? 一人の人間を見せしめにしていいという理由になるの?」
「法は、それを禁じていない」
「法が許せば、人を踏みにじっていい、という理由にはならないはずよ」
「なぜ、庇う? おまえに危害を加えないからか? だとしたら、それは思い違いだ。今はたまたま、殺されていないだけだ」
「勇者のくせに」
これでは、ただの甚振りだ。
「俺の仲間は、…泣きながら死んでいった」
「……。…魔王は、あなたになら、殺されたかったのだと思う。だから、きっとあなたを認めているの」
きっと、魔王は勇者になら殺されてもいいと思っていた。だって最初のころ、言っていたじゃないか。決してきらいなわけではないのだと。勇者だって、分かっているんじゃないのか。
「…お前も、俺も。人間は勝手なやつばかりだ」
絞り出すような声。
少女がなにをされたわけでもない。でも、涙がでてきそうだ。
勝手だとは、分かっている。それでも、少女は思ってしまうのだ。
殺してやれば、よかったのに、と。
そうしたら、きっと、彼は幸せに死んでいけたはずだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます