第17話 ルンベと令嬢
ルンベは部屋を出て行った令嬢がいなくなると、少女のことを睨みつけた。
「魔王様は、この人間にうつつを抜かされているのですか?」
「ちがうわよ!」
少女がとばっちりはごめんだ、と即答する。
「ならば、なぜ、この人間はよくて、あれは駄目なのですか?」
ルンベの問いに魔王が応えた。
「あれこそ、まさに、対象はだれでもよかったんじゃないのかい。それに、それは僕の客人だよ。さあ。きみも帰るといい」
ルンベはしばらく黙って、直立すると、やがて、一回頭を垂れて、それから、居間を出て行った。
✳︎
「ねえ。わたくしの思いは間違っていたのかしら?」
城の門の手前で、令嬢が呆然と立っている。どうやらルンベは令嬢を置いて帰ってしまったらしい。薄情なことだ。
数時間もしないうちに、日は暮れ始めてしまう。ここから彼女は一人で、歩いていけるのだろうか。少女は他人事ながら不安になった。
「…そうは思わないわ」
門の様子を確認にきた少女が遠慮がちに応える。
「でも、受け入れて貰えなかった…」
「人が抱く感情をどうやったって否定することはできないもの。ただ、それを受け取るほうだって、自由に感情をもっていいはずよ。…それを思い知ったわ」
令嬢は、さみしそうな笑みを浮かべた。
そして、大きくため息をつくと、少女になにやら差し出す。
「これ、差し上げます」
「…記憶の欠片?」
それは、親指の爪ほどの大きさの青いキューブだった。
記憶の欠片とよばれるそれを、本体に設置することで、物語を再現するのだ。
「ええ、わたくしが見た魔王さまの記憶です」
差し出されたものを、少女が受け取る。
「わたくしだけの記憶よ。いつか必要だと思ったらみてくださいな」
いっぽ、門から足を踏み出す。
そこから先は、少女はまだ進めない。
「どこに行くの?」
「さあ。どこに行こうかしら。国を捨てたわたくしには行くところがないわ。せっかく魔王さまの運命の相手だったのだけれども」
令嬢は一回、後ろをふりかえって少女の顔を確認したきり、二度と振り返らなかった。
「ごきげんよう。もう二度と会うことはないでしょうけれど」
少女は境界線のふちで、令嬢のすがたが見えなくなるまで手をふりつづけた。
✳︎
少女が居間に戻ると、魔王はまだ椅子に座って、肘をついていた。なにか、考えごとをしていたようだ。
少女の姿を認めると、
「みんな、しつこいなあ」
椅子から立ち上がり、伸びをして、やれやれ、といった風に首をふる。
少女は、すくなくともあの可憐な少女については、分かる気がした。
「あなた、いかにも不幸そうなのよ」
「不幸? ぼくが?」
心外、そんな感じだ。
「それが、女心をくすぐるんだわ」
魔王には珍しく、ふてくされたような顔をした。まるでそれは、僕はそんなこと望んでないのに、といいたげだと少女には映った。
「まったく、きみはズルいな」
ふいに魔王は宙に浮かび上がると、ぎりぎりまで少女に顔を近づける。少女は引くことなく、それを受け止めた。緑の瞳をもつ少女の両目がしっかりと、泥沼のような瞳をいぬく。
「きみには、ぜひとも謝罪をしてもらいたいね」
「どうしてよ」
「きみがここに来たせいで、始末ができなかったじゃないか」
なるほど、と少女は魔王の口癖を真似る。
「わたしが二人と関係をもったせいで、殺せなかったのね」
案外、律儀なのね、少女はふふんと笑った。
「なら、なおさら、よかったわ」
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