第13話 令嬢の登場

 たびたび城を訪れるようになった少女の友だちのドラゴンは、今も唯一生えている大樹のしたで、昼寝をしている。

 安心しきったように、腹を上にして、ついでにいびきも掻いているのを見て、つい少女もほほ笑む。


「なに話しているのかしらね…」


 ふと、少女がつぶやいた。

 魔王に珍しく客がきているのだ。

 少女はさいしょ、出迎えようと目論んでいたのだが、魔王が眉間にシワをよせて、扉をしめてしまった。魔法のせいで少女からは居間と玄関部分に行くことができない。そのせいで、その客人がどんな人かも知るすべがなかった。客人があるとかろうじて知れたのは、少女の部屋の窓から点と線のような影が確認できたからだ。


「来ないでね」


 そう諭されたのだが、少女だって盗賊いがいの珍しい客人が気になるのだ。それに、久しぶりに魔王以外の人間とも話がしたい。

 扉を蹴破ろうと試みたりもしたが、分厚すぎるドアの前には少女もなす術がなかった。

 その為、しぶしぶ諦めて、水やりに専念していたのだった。

 すべての水やりを終えたころ、ドラゴンがのそのそと木の下からはい出して、甘えるように少女に体をこすりつけた。

 なでろ、という合図だ。

 少女が頭をなでると、ごろごろと喉を震わせる。かわいいやつめ、と少女もほおずりをした。


「…あなた、だれなの?」


 それは、不審感を丸出しにした声だった。

 少女が声のしたほうを見ると、そこにはいかにもお嬢さま然とした女の子が立っていた。袖付きの淡いピンクのドレスを着ている。簡素なものとはいえ、まるで貴族のようだ。少女とは今まであまり縁のなかった人種だ。

 かわいいなあ、少女は場違いにもそんなことを思った。

 令嬢はその宝玉のように赤い唇をふるわせている。


「まさか…、暗殺者!」


 悲鳴を上げた令嬢に、少女はびっくりした。少女にむけて、かざした手から何やら怪しげな黒いゼリー状の固まりが放たれる。

 それらはまるで生きているかのように、少女に躍りかかってきた。

 なにあれ。切っていいのかしら。

 そもそも、切れるものなのかしら。

 とっさに折りたたみナイフをとりだしたものの、固まってしまう。

 それを助けたのは、ドラゴンだ。口から、焔を吐くと、黒い塊を焼ききる。消しカスがぼとんと地面に落ちた。


「ははは…、ありがとう」


 引き気味で礼を言う少女に、ドラゴンがそのまるっこい巨体をゆらした。


「だいじょうぶ?」


 一応、自分に黒い塊をなげつけた少女に尋ねる。彼女がしゃがみこんでなにやら震えていたからだ。


「ひっ、ちかよらないで」


 令嬢が悲鳴をあげた。


「この、ケダモノっ」


 少女はお手上げと言ったように、両手をあげてみせる。


「べつに、傷つけないわよ…。あなたは、だあれ?」


 たぶん、あなたの方が強いしね。心の中で付け足す。

 令嬢は、おそるおそる少女を伺うと、金のまつげをこまかく震わせながら言う。


「わたくしは、魔王の運命の相手よ」


 この子が客人か。

 少女は令嬢が悲鳴を上げるのもかまわずに、両手をはっしと握った。


「その話、ぜひ、聞かせてちょうだい」


 きらきらと目を輝かせる少女に気圧されたのか、令嬢はこくこく頷いた。

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