第2話始まりと接近
五年前。
そこの城は今とは全然、ちがったらしい。
難攻不落の城として、知られていたそこに君臨していたのは、一人の魔王だった。魔王は、魅了の術で人を惑わす、悪魔のような存在だったらしい。
かつては栄光を極めただろうその城は、いまや崩壊を待つだけのような砂の山のようになっている。誰も出入りはしていないだろう。魔王城がかつてどんな所だったかを知る由はないが、現在、城の周りはただの荒野が広がっていた。
ここ見れば誰だって、寂しさに道を引き返したくなるだろう。
それくらいに、生命の豊かさや、生きる悦びが伝わってこない大地だ。
「こんなトコロに人がいられるもんかしら。魔王は、わたしとほとんど歳が変わらないって言うじゃない」
少女が覗き込んでいた双眼鏡から顔を持ち上げて、かぶりを振る。その動きに合わせて、肩の上でざっくばらんに切り揃えられている赤髪がぴょんぴょん跳ねた。
彼女は、一番近くの森から城を観察していた。それだって、双眼鏡が必要なくらいに、距離が離れている。
少女は、この悪名高い魔王城に乗り込もうと企んでいた。
旅の途中で立ち寄った酒場の男達と賭けをしたからだった。
酒に酔った男が調子に乗って言ったのだ。
『よおし! もし、お前さんが魔王様のご尊顔を、フィルムに収めることに成功したら、二千フランやろう!』
満腹食べて、いい気分になっていた少女も安請け合いをした。
『ふん、その約束、忘れないでちょうだいね!』
少女はお金が必要だった。
「二千フランあったら、旅が続けられるわ」
お金が欲しい。
「美味しいものも食べられる…」
しかし、と少女は思う。
「なんだか、気がすすまないんだよなあ…」
どうしようか、としばらく逡巡はしたものの、結局、そろそろと前進する。
木は一本たりとも生えていないし、地面はでこぼこしているくせに身を隠すにはものたりない。ただ、歩きにくいだけだ。
「はあ…」
それでも進むのは、魔王城を前にした恐怖よりも、金と、溢れんばかりの好奇心の方に、わずかでも天秤が傾いたからなのだった。
*
きいいいい。
爪で鉄をひっかくような耳障りな音を立てて、扉が開かれる。城の裏にあった裏口だ。表から入るには、大きな扉は重すぎて、少女にはどうすることもできなかったのだ。
あんまり、大きな音を立てるのは気が引けて、少女は人、一人が通れるだけの隙間を作ると、体をさっと滑り込ませた。
少女の動きに合わせて、革靴が篭った音を立てる。
魔王城には人がいない。
ただ、一人を除いては。
残っている、ただ一人。それが魔王だ。
五年前、勇者に負けてから、魔王は自身の城に封印されている。噂によると、地下の奥深くで、深い眠りについているのだそうだ。
なぜ、勇者が魔王を殺さなかったのかを、少女は知らない。
でも、眠っているからこそ、少女は魔王城に近づけるのだ。そう考えるとラクな仕事といえる。城の全盛期だったら、近づこうとすら思わなかっただろうから。
とはいえ、少女は、盗賊たちに気をつける必要があった。
王の根城に盗みに入ろうとする愚か者が後を絶たないらしい。少女とて、そう差はないものだが、人のモノをとるのは犯罪だと思っているだけ良心的かもしれない。彼らに出くわしたら、非力な少女は逃げ回るしか無い。
噂によると、一歩城に足を踏み入れた盗賊たちも帰ってきていないようだが、それこそただの噂だろう。
「…どちらさまの、おホネかしら」
それでも、冷たい石の通路に転がっている、どうやら、人骨らしきものを見ると、なんとも言えない気分になる。
時折聞こえる、悲鳴のような風の音が少女の体をすくませた。
地下の大きな空洞を目指せばいい、とある商人からは聞いている。少女はもう一度、自分の手の中にカメラがあるのを確認すると、とっとと済まそうと地下に向けて、足を速めた。
その途端、足下が脆くなっていくのか、足下に大きな穴が空いた。
「えっ」
あわててどこかに掴もうとするも、手を伸ばせる範囲にはなにもない。
少女は、恐怖の形に口を開いたまま。奈落の底に落ちていく。
後に残されたのは、かん高い悲鳴の残滓のみだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます