第12話「充実した人生とは」


コンピュータの開発を終えた私は「GI」の元を離れた。


外国での生活から、母国のまた新たなグループ企業へと出向した。


勤務開始まで日が空いていた。

久しぶりの母国の地元で、馴染みの場所へと向かうことにした。



地元の駅には人が溢れていた。


私の肩を斜めの影が覆った。

足元まで影が覆いかぶさり、影を作る物自体へと私の気を向かわせた。

駅前の通りは、ビルの背が高くなっていた。

見慣れない物により、私の記憶が書き換えられてしまいそうだった。

思わず、懐かしさを探して路上を歩いていた。


「せんぱいっ!」

(ん…このノリの声は)


「せんぱいですよね? ん? すこし垢抜けました? 

 でも、お腹空いてそうな顔してますねえ。

 あ、そうだ。

 かの有名なファミリーレストランの期間限定のランチ

 もちろん食べましたよね?!」


早川さんだ。


私の高校の後輩で、幼馴染でもある。

隣りには友人なのか、同じくらいの年頃の女がいる。

声を聞いて、すぐに分かったのだから記憶というものは凄い。

私は、彼女の声が好きだった。

時を経ても、降下してきた私の耳に残っていた。

書き換えることのできない、あの頃の面影が残っていた。


私たちの作った「マニュアル」により彼女の情報はコピーできる。

何故なら、「マニュアル」によって彼女は職を得たからだ。


早川さんは高校を中退している。

中退した後、彼女は、ずっと生き方が分からなかった。

最初はアルバイトをしながら、同人誌を描いた。

ただ、自分の趣味で生きてみた。

子供の頃、漫画家に成りたかった。

現実的ではないことを知っていた。

ただ、どう生きれば良いのか分からず、夜の仕事を始めた。

夜の仕事は、彼女を裕福にした。

彼女は可愛い顔をしていた。

おしゃべりで、人懐っこい性格だった。

そして、性的な魅力のある身体をしていた。

男の子たちと打ち解けあっていた。

その分、同性には嫌われていた。

異性を勘違いさせる人だった。

彼女は、そこで自分の武器を見つけた。


30歳の手前ごろに、自分の将来について考えた。

このままで良いのか?

ずっと、夜に生きなければならないのか?

昼の仕事、昼の生活に憧れた。

昼の太陽、週末のお昼の空気。

週末で混み合う家族連れ、あの幸福感。

そして、健全な仕事。

昼間寝ていた彼女は、時折眠れずに目が覚めた。

部屋のカーテンの向こうから来る、小学生の声の誘いが部屋の中を照らした。

健全な人生が欲しかった。


私たちの作った「マニュアル」は、彼女の人生の光を示した。

彼女は「安楽死」を求めなかった。


相変わらず快調な滑舌で、言葉を吐き出す。


「……」


「……きみも知っての通り、私は」


「せんぱいっ!!」


相変わらず、ものスゴい滑舌でまくし立てる。

さらに磨きが掛かったように感じる…。


毎度、毎度、私に話しかけてくるその変な情熱を向けられると、

これまた変な同情心が生まれて…。

その熱意に応えてあげるべきなんじゃないかと思った。


「分かったよ。今日、行くから」


「ほんとに!? ほんとですか…!?」


「うん。行くよ、行く」


「ほんと…に?」


「ほんとの本当」


「わぁ……! わぁぁ…!!」


「い、行くから、ね!」


「待ってますからね! 必ず!!」


「あ、ああ…」


どうやら、この取り決めはキャンセル不可のようだ。

私の返答に対する早川さんは完全に信用した熱っぽい色だったし、

同性の友人と何かしゃべりながら離れてゆく姿は浮き足だったステップだ。


「こりゃ、まいった」


私はひとりごちた。



しかし、

これも私の元の人生に“なかったはず”の出来事だ。

そう、“はず”だ。

知らないことに巻き込まれている。



かの有名なファミリーレストランの期間限定のランチを食べに私は向かった。


「いらっしゃいませぇ〜」


店内に入ると、週末の夜は家族連れやらリア充やらのラッシュで溢れていた。

なかなかの混み具合だ…。

期間限定の効果が出ているのだろうか?


「いらっしゃいませぇーっ!!」


聞いた覚えのある声がホールから向かってきた。


その時、なぜかその声に安心を覚える自分が居た。


「せんぱい、ようこそ!」


早川さんだ。


「あれ…? ああ、バイトしてたんだ?」


私は、彼女の情報を何知らぬ顔で話した。


「そうです、アルバイトです」


ファミレスの衣装を身につけた早川さんは綺麗だった。


「そっか。偉いなきみ」


「そう、わたし、偉いです!」


路上で見るよりも背筋が伸びている風に感じる。


「なんか忙しそうな時間帯だね…なんかゴメン」


「気にしないで下さい、わたし、馴れてます。ベテランです」


「あ、そうなの?」


私は何だか居たたまれない感覚があったが、

早川さんのその一言とその落ち着いた対応に助けられた気がした。


「それより、せんぱい一人ですか?」


「あ、ああ、“独り”です」


”独り”と言ってから、私は不安になった。


「それでは、ご案内いたします」


「あ、はい、ありがとう」


早川さんの誘導でホールの通りを歩くなか、先客たちが座るテーブルを通るたび、私は視線を落とした。

実は、このファミレスに来るのは初めてなくせに、しかも一人でファミレスに入るのも初めて。

やはり、この出来事は私の元の人生には“なかったはず”だ。

家族連れやリア充やらで溢れるなか、一人で飛び込んできたそのうかつな考えに後悔をしていた。

そんな私に早川さんは気づいてないだろうか?


「こちらにお掛け下さい」


「あ、ああ…」


今の早川さんの存在には安心感を感じる。


「ご注文は決まってますね?」


「ああ。期間限定のえびグラタンを一つ」


「お飲物はお決まりですか?」


「うーんと…ウーロン茶で」


「はい、かしこまりました。ご注文を確認いたします…」



えびグラタンは美味しかった。


注文を運んできてからの早川さんは私に対して知り合いだからと何か特別なやり取りをした訳ではなかった。

ただ印象に残ったのは「お待たせいたしました。」と言って、皿をカートから移す作業のなかで何か自信ある確信的な眼をこちらに向け、誇らしい笑みを浮かべていた事だ。

食べた後、それを思い出した。

ごもっとも。こりゃ、うまい。


会計は他の店員さんが対応した。

週末のファミレスの混み具合、店員さんの往復作業を見ていると、帰りも早川さんを指名して私の接客を頼むのは気後れに感じた。

こっそり帰ろうと会計を払う最中、早川さんがちょうど厨房から注文を運び出す場面で顔を合わせた。

肌には適度な汗が見て取れ、両頬はやや赤く、やや疲労の色が見えた。

目を合わせたとき言葉はなかったが、接客スマイルとは異なる優しい笑みをこちらに向けて、応えてくれた。

それも印象に残った。いい表情だった。



早川さんが生きていて良かったと思った。

明るく元気な姿が見えて良かった。

同性に嫌われていた彼女に、今は隣りに友達もいた。


人生に飽きてしまう前に、私たちの「マニュアル」が間に合って良かった。


あと、彼女に訊いてみたかったーー


「今もまだ漫画を描いているのかい?」



 

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