第5話「肩口に乗り上げた埃に埋もれ」



    自分自身の肩口に乗り上げてゆく、埃(ほこり)



日々の生活で、知らず識らずに積もってゆく

気づかないために、自分では払い落とすことができない

だから、

その人を見ていて 助けたくなった



同期入社の男性だった


何年前かの4月1日に新入社員として出会った

自分よりも2こ、年上だった

私の兄弟と同級生

以前、その人と兄弟とがアルバイト先で同僚だったことがある

そんな偶然があり、新入社員で会ったとき「〇〇さんだよね?」と

向こうから話しかけてくれた



働く部署は異なり、会うことは多くなかった

顔を合わせると

「最近、どうすか?」と、お互いの職場環境を話し交わした

兄弟の知り合い

というのが、心強く感じた

小学校と中学校、私は兄弟の守護の中で、上級生にも顔が利き、

過ごしやすい環境で育った

高校に進学するとき、その守護から離れて

家から遠い学校に進学した(公立の高校に落ちただけだが…)

守護のない高校生活は、意外に馴染むことができた

友人に困らず、打ち解け合うことができた

なのに

大学では、孤独になった

一人の友人もできず

会話もすることができず

失語症のように閉じ

中退した


理由は、家を離れたこと

居場所を間違えたこと

自分に合わない場所を選んだこと

それを肌で感じ、心で 理解したこと


そこで、日に日に死んでゆく自分が居た



同期入社の2こ上の男性は、会社の中で疲弊してゆく様子が見えていた

暗い人ではないし、職種経験もある人だった

でも、そこに「居場所」を作れないことが伝わった

「このままではこの人…」

声を失ってゆき、日に日に死んでゆく経過が



ある日の休憩時間

更衣室に忘れた自分の荷物を取りに行った

とても狭い男性更衣室のドアを開けた時、ロッカーの前で弁当を食べる彼がいた

「こっちの方が落ち着くから」

スマホを片手に、体育すわり

ドアの入り口で立っている私を見上げて言った

「落ち着かないから」

口角がへの字に、苦笑いの表情だった

座っていた場所から立ち上がり、私が通るスペースを空けて

奥にある私のロッカーへとすれ違うとき

肩口に乗り上げた埃が見えた

気になって、払い落とそうかと頭を過ぎった

でも…この狭い空間で肩を?と、気が引けてしまった

そのまま、埃は肩口に乗り

私は「お疲れ様です」と退室した


退室後も気になったまま、誰かが気づいてくれないかな?

と、思っていた

彼がこの後どうなるのかを知っているから



私は、その人に自分自身を重ねたのか?





「涙が出るのは、なぜだろうか?」

と、考えた

同情したからか、自分の心情と何処かで重なったからか

その人の背景が視えたのか

もっと何か大切なものが、次第に小さくなって

小さなものだったはずが、次第に大きくなって

人を覆って、呑み込んで、

だから

何かを察したと

地面か、苦しみに、埋もれてゆくことが



私がかつて縁を切った人たち

いつか、彼らに会い、彼らが助けを求めてきたら

こう言おうと思っていたことがある


「お前は、何を言っているんだ?

 あの時、俺を

 助けようとしたかい?」



「あのとき、好き勝手な言葉で、ただ、正しさを押し付けていたよね?

 人の心の内を見ることなく、お前さ

 俺の言葉を聞く気がなかっただろう?

 いまさらなんだよ」



「なんで、あの時、俺を助けてくれなかったんだ?」




 あの人たち、そして私も

 自分を守ろうとしていたのかもしれない







明かりの隅、明かりの縁、そこにある薄暗い部分

私はそこに手を伸ばし始めた

薄暗い部分、よく見えない部分、そこに手を伸ばしてみること

誰かが暗がりの中で、必死に手を伸ばし

「助けて!」を伝える






 こんなことを体験するために、生まれたわけではないのに

 と、後悔する手を伸ばして



自分の肩口に乗り上げてゆくものの重さに気づかず

それに自分が覆われてゆき

そして、沈み

消えてゆく

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