第24話 渡辺るな、にゃんこの世界でアイドル修行やったるでー
「来月には村祭りがあるから、るなさんもお手伝い頼んでもいいかの?」長老猫〈ホトケ〉の問いかけに
「もちろんですわ、喜んで」と渡辺るなは満面の笑顔で応える。
けっ、めんどくせー。
内心はそう思っていたけれど、渡辺るなはとびっきりの笑顔を崩さなかった。
とはいえ、耳の遠い長老猫〈ホトケ〉に聞こえたかどうかはわかんないけど。
少なくてもこの作った笑顔でだいたい雰囲気は察しがつくだろう。
お祭りとなれば、この島の猫たちもたくさん出てくるだろう。私のことを売り出すチャンスでもあり、この異世界活動をきっかけとしたブレイクのチャンスも生まれるんじゃないだろうか。
そんな腹積もりが、一瞬のうちに頭を巡った。
チャンスよ。きっとこれはチャンス。そう思うと、作った笑顔にも少しは感情が入る。
こんな笑顔を作るのはもう朝飯前。寝ながらだって無意識に作れちゃうわ。もう何年笑顔ばかり振りまいてきたことやら。私の笑顔はもう相当な年季が入っている。
渡辺るなはふとメンバーのことを思い出した。
キラキラのスポットライト、観客席には大きな声援。もう一度、私もあの輪の中に入ることができるのだろうか。
「るなさん、お茶をお願いしてもよろしいかの?」長老猫〈ホトケ〉のしわがれた声がした。
げっ、こいつ、絶対私のこと嫁か家政婦と間違えているよね。内心は腹立たしさでいっぱいだったが、顔には絶対に出さない。だって、こいつ、腐ってもこの村の村長だから。必ずそのうち役立つときが来るはず。
「わかりましたわ。ホトケさん。いつもの昆布茶でいいのかしら?」
「すまないね。今日は梅こぶ茶にしてもらえるかの?」
梅こぶ茶。猫のくせにそんなの飲むのか?
「よかったらるなさんも一緒にどうかの?」
そんなじじくさいもの飲まねーよ。
「私昆布茶はちょっと苦手で…。カフェラテとかいただけるとうれしいんですけど」
「カヘ・さて?なにそれ、食べられるのかの?」
知らねーのか。
「コーヒーの一種ですわ」
「コーヒーか。あの舶来ものじゃの?」
舶来もの…。なんだそりゃ。まあ、この家にそんなおしゃれな飲み物期待してないけどね。
「いいんです。気になさらないで。今はネットで簡単にお取り寄せできる時代ですから、私、勝手に自分でお取り寄せしますので」
この家にネットなんてねーだろ。期待してないから。
「なんだか悪いの。この家には若い子が喜ぶようなことは何もないからの」
そういって、長老猫〈ホトケ〉はうなだれた。…ように見えたけど、そもそもいつもうなだれている気もする。
「るなさんは確か歌い手さんじゃったの?」
「ええ、そうなんです」
長老猫〈ホトケ〉、もうろくしているようで意外と覚えていたな。
「それじゃ、村祭りではステージで何か歌ったり踊ったりしてもらえんかの?きっと、みんな喜ぶじゃろ」
げ、こんなところで、アイドルの安売りですか?
「ええと、その件は事務所を通してもらえますか?」
テレビとか中継してもらえるのかしら?それなら結構おいしいかも。
「はて、ちょっと耳が遠くて、よくわからんわい」
長老猫〈ホトケ〉、都合よく耳が遠くなるな!まあ、でも、とりあえずは、ちょっと事務所に相談してみよう。案外、これがチャンスで一躍有名になれるかも?
そう思うと、ちょっとドキドキしてきた。
やっぱりアイドルはキラキラしてなくっちゃね。
しかし、この異世界でちゃんとした野外ステージ用の音響設備ってあるかしらね?
「るなさんはいまどきの子じゃから、ブログ?とかいったかの?そういうのであっちのみんなと連絡を取りなさっているのかのう?」
「そうなんです。いつもお金持ちの大きなお友達が私のブログを楽しみにしていて。そのお友達、私のことを猫王国のプリンセスと思っているんで、私、お友達に夢を届けなくちゃならないんです。だから、この異世界に来たのは、たくさんの猫さんと知り合って、たくさんの写真をとって、ブログにアップするためなんです。そうしたら、私の大きなお友達はきっと喜んでくれて、たくさん「いいよ」をくれると思うんですよね」
長老猫〈ホトケ〉は、遠い目をして梅こぶ茶をすすっていた。
こいつ、聞こえてるのか?
「ほう。おいしいこぶ茶じゃの。るなさんは猫好きなことがわかったがの」
いや、猫には全く興味がないな。でも、猫キャラでやっていくためには、猫好きってことにしなくちゃならんでしょう。だから、この異世界に飛び込んで、スピード学習をしちゃおうって思ったわけよ。本当、芸能界はいろいろと仕掛けないといけないから大変よ。ついでに、この異世界のことを私のブログから発信することで、私は一躍有名人!もちろん、猫キャスターの座も同時に狙っていくわ。ぐふふ。
そのためにも、手なずけるべきは村長である長老猫〈ホトケ〉でしょう。
「ホトケさん、私、この異世界でたくさんの猫さんたちにお会いしたいの」
思わず力が入ってしまい、長老猫〈ホトケ〉は驚いてむせた。
やばいやばい、死んじゃったら困る。
「げほげほげほ。ふう、死ぬかと思った。るなさんの頼みじゃ。また、わしから猫たちを紹介してあげましょう」
長老猫〈ホトケ〉は神妙な顔つきでそういった。
猫たちを紹介することが、そんなたいそうなことかよ?
でも…。今の私には猫が生命線だ。今の私には猫がいないとアイドルとしてやっていけない。猫以外にとがったキャラがない。そんなことは自分が一番よくわかっている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます