第22話 津倉佐々美、猫タマ様にビビってもいいかな?


「おう、お嬢ちゃん、ここでは来月村祭りをするんやけど、お前も手伝えや。今年はタマちゃんら漁業組合の連中が屋台出すんやと。とれとれの魚を寿司にして回す、いうとったど」


家に戻るとデブ猫〈ショコラ〉がさっそく絡んできた。

村祭り、へえ、そんなのあるんだ。おまけに漁業組合もあるんだ。知らなかった。


「どんなお祭りなんですか?」


「お前、そんなん知らんのか?人間の祭りでも猫踊り踊ったり、屋台が出たり、山車を引いたりするやろ。あれと同じや」


猫踊りは踊らないけどね!


「そうじゃなくて、何を祭ってるのか聞いてるんですよ」


「猫の神様じゃ」


「猫の神様?」


「おうよ、猫神様のお祭りじゃ。猫神様ってな、猫タマ様のことやで」


なんだそりゃ?


「猫タマ様ってな、この家の前に又度川(またたびがわ)ってあるやろ?その近くにつめとぎ神社があるんやけど、そこに祀られているんや」


ああ、なんか知ってる。いつも見るあの社って神社だったのか。


「猫タマ様はな、怒らせると怖いねん。猫タマ様はな、もともと化け猫のルーツやねんで」


化け猫…。こわっ!


「猫タマ様の伝説がこの村にはあってな、昔、村に猫がいたねんけど、その猫がネズミ捕りに失敗して、ネズミを取り逃がしてしもうたんや。それで、その猫が取り逃がしたネズミが、次の年には子供を産んで、ぎょうさん増えてしもうてん。そのうち、その猫が寝てたら、耳をかじられてしもうて、その猫、耳がなくなってしまったんや。ネズミを逃がしてしまったふがいなさと耳をかじられてしまった恥ずかしさに、その猫は又度川に身を投げたっていわれてるんや。でな、丑三つ時になるとにゃおーん、にゃおーんって声がするんやって。ご飯が足らんのじゃー、なんかよこせー、耳をかじられた恨み、化けて出てやるーってな」


な、なんか背中がぞわっとした。うう、あのあたり、夜は明かりもないから怖いんだよなあ。こんな話聞いたら、もうあのあたり通れないじゃないか。


「お嬢ちゃんはまず真っ先に猫タマ様に祟られるな」


「な、なんでですか?」


津倉佐々美はびくついた。なんか恨まれることやっちゃった?


「お前、前タマちゃんと漁に出たとき海に落ちたやろ。猫タマ様はいつもお腹すかせているから、海に落ちてきたものは何でも食べ物やと思っとるんや。だから、ようやく餌が落ちてきたと思ったら、お前自力で陸に上がってきたから、猫タマ様にしたら餌を横取りされたと思ってもおかしないやろ。食べ物の恨みはこわいで」


「そ、そんな…。不可抗力だー!」


津倉佐々美は泣きそうになりながら訴えた。だって、海に落ちても食べられる、救われても祟られるってどっち転んでもいいことないじゃん。そんなの不条理だ。


「わ、私、どうしたらいいんですか?」


こんなところでわけわからない猫タマ様に餌と間違えられて、食べられて、人生終わるのはいやだー。


「猫タマ様は猫の神様やねんけど、普段はええ神様なんや。だけど、猫だけあって気まぐれなんや。だから、機嫌がいいときはいいねんけど、機嫌が悪い時には化け猫になって襲ってくるんやわ。ほんまかなわんやろ」


まさに、猫だけあるな。

っと感心している場合ではない。どうしよう。猫の気まぐれに翻弄されるなんて。


「どうしましょう…。何かお供えでもしたら少しは猫タマ様のご機嫌でもとれるでしょうか?」


津倉佐々美は涙声でおっさんに聞いてみた。わらをもつかむ思いってこういうこというんだろうなあ。


「そうやな。猫タマ様はお祭り好きやから、祭りを怠らんかったら、猫タマ様の機嫌もまずまずええやろう。それからな、猫タマ様は陽気なお人や。こうなったら、何か猫タマ様が喜ぶようなかくし芸をせえ。お前のこと気にいられたら、もう餌にしようとは思わんやろう。ペットぐらいにはしてくれるんとちゃう?」


ううう。餌よりもペットのほうがまだまし…。


「わかりました。何か喜んでもらえそうな芸を考えます」


「そうやな。あとは、おいしい魚でもお供えしておけばいいんじゃないの?」


おっさんの標準語がなんだか癇に障ったけれど、今はそんなどころじゃない。


そうか。魚か。また漁師猫〈タマ〉に頼まないとならないかもしれないなあ。


「わかりました。なんとかタマちゃんさんにお願いしてみたいと思います。はあ」

大きなため息が漏れた。


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