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    俺のところに来てくれてありがとうございます。
    女性になりたい理由が、女性は保護されるから、ですか?違っていたら、すいません。

    男性がトクする国に行けば、男性のままで良いとお考えであれば、世界には男性優遇の国が多いですよ。一見、平等に見える国でも。「全てにおいてトクする」国はむしろ、男性がトクする国の方が多いですね。日本は「比較的女性が生きやすい国」です。「女性優遇」と感じるのも無理はない。

    男性でも女性でも、「裁判に訴えて白黒つけたい」とすぐに言ってしまうと、こういう結果、『排斥』がもたらされる。

    その理由ですが、「すぐに裁判して白黒つけたい・闘いたい人間」は面倒で、大変で、攻撃的で、できるだけ隔離して、じっとしていてもらう方が良い、という「ことなかれ主義」です。ものすごく「権利」を主張する人に対する対処の方法の一つとして「排斥して黙っていてもらう」という方法があるのです。まさにここに書かれているのが、その状態。

    もしも、排斥されることを避け、「保護されたい」のであれば、この方法は逆効果。

    本当の女性的な資質を知って、その資質をご自分に取り込めば、「保護」されますよ。それがお望みであるなら。

    むしろ簡単です。相手が「保護・庇護したくなる」ような人になれば良いのだから。

    女性であっても、攻撃的な資質を持つ人だと、保護欲が掻き立てられることはないために「じゃ、勝手にすれば」と放置されますよ。どんな女性でも平等に社会から扱われているわけはないのと同様、男性もそうであるし、正直、「真の平等」が存在すると信じること自体、「ドリーム」、それは夢の理想郷。

    宗教はそういう「幻想」を見せます。そこからの破門が今回、発端なんですが、根本のご理解が「真の平等は必ず存在する」であるなら、いつも闘わないといけないことになり、もしもそれが、「本当に切羽詰まっている案件で『重要』と相手からは認定されない」場合、今回のように訴えが無視され、放置されることを繰り返します。「社会に向かって、駄々をこねている」と認定された状態です。

    長くなりましたが、他の人の「メリット」度外視で「あらゆる世間の不平等」を訴えても、なかなか他の人は「ああそう」とスルーするという現実がありますから、ご自身の「目的」がはっきりしているのなら、その「目的」を達成する方向に動くと、「直接的な対価」が得られます。

    「女性になりたい」ことが重要なのか、「保護されたい」ことが重要なのか。「女性らしいお稽古事を習いたい」ことが重要なのか、「社会の不平等を指摘して知ってもらいたいこと」が重要なのか。どれが最も、ご自分の望みでしょうか。

    「男性」であることが、あまりにも厳しいと感じておられるのが伝わりますが、「女性」になってみると分かりますが、「心身ともに美しい大和撫子」になることができたなら、保護され、庇護されないと、心無い人に手折られるかのような現実の恐怖に晒されているのが見え、周りが自然に「天然記念物のようなあなた」を守ろうとする理由を体感できるでしょう。

    もしも「ただ、社会の不平等に憤りを感じている」というのが大きいのであれば、法律の六法全書は、ほぼ意味がないと知ってください。この俺の言葉を文字通りに捉えてもらうと、とても困るのですが、六法全書や各種法律、決まり・ルールは「何かあった時、判断するための指針としてあるだけ」で、「必ずしもそれに則って社会が形成されていったわけじゃない」。いわば、「揉め事」が起こった時に解決するために「一応の指針を定めた」というだけです。皆が生活しやすいように。

    ここがポイントです。重要なのは規則でなく、皆が生活しやすい社会にしよう、マジョリティが、という意味です。マイノリティはそこまで考慮されていない現実があります。



    規則というのは全て、そういう性質がある。だから、ご自分がマイノリティ・サイドになれば、何もかも不平等に感じて当たり前です。でも、皆が揉め事なく、できるだけ平等でいたいですよね、それがルールが決められていった発端です。その時々でルールは変えていかないと、社会は変化していきますから、現実に則さない。だから今、この文章で訴えておられるわけです。昔と違って、男性だって疲れていたら、座席に座りたい。女性の方が楽している生活をしている人が多い。昔は、家事は全て手作業でした。洗濯でさえ、重いタライを抱え、洗濯板を携え、川に行かないとできなかった。水を汲みに行くのも、かまどに薪をくべたり、風呂をたくのも、全部が手作業だった時代と今が同じわけがない。

    「規則」・「決まり」を振り回して、その決まりが不平等、現実に即してないことを声高に言うのは、そもそも「その規則は現実に即してないから変えたほうがいいのでは?」という視点からのみ、議論が有効になる。ただただ、今現在、不平等になってる個人的不満をぶつけても、何も変わりません。裁判に訴えて、ダメだった結果というのは、個人的で白黒、ジャッジできない・もしくはジャッジする意味を見出せなかったことだから、裁判所の介入自体、見送られた案件ということになります。

    全ての起こってくる事象を、「六法全書」・「決まり・ルール」と照らし合わせて不平等を訴えると、キリがないので放置されます。なので、不平等は当たり前だが、なるべくそうならないように、皆が社会の中で意識してできるだけ平等を実現したいと生活をしているが、実際は「ルールブックから一歩もはみ出さないような平等は絶対にありえない」という認識が、数多くのマジョリティの人たちが無意識が持っている「現実感覚」と知れば、裁判が無駄だということがよくわかるのではないでしょうか。

    長くなってすいません。本当に女性になりたいのであれば、まず外見を頑張って女性に限りなく近づけてみたら、世界が変わると思いますよ。そして、外見だけでなく、なぜ女性は可愛らしいのか、優しいのか、保護したくなるような美しい性質を持ち合わせているのか、知ってみて、ご自分をそこに近づけるよう、ぜひ頑張ってください。

    作者からの返信

    はい 本気で出版は考えている
    ※カクヨム 以外に書いてて
    本当に“出版”したい小説は
    やく1000ページ 千頁になります
    …現実の世界で 日本舞踊

    断られてるし*日本舞踊*を
    行いたい理由
    1 女性の気持ち 理解するため
    2 適当なことを 小説に書きたくない
    3 どうせなら 本格的にを目指したいから